サトシ君

 「よっ、サトシ。 久しぶりじゃねえか、元気にしてたか?」

 「わっ、銀次郎さんじゃないですか」

 「それにしてもシケた顔して、どうした?」

 「実は・・・、恵美子さんから仕事を頼まれまして・・・」

 「恵美子も恵美子だなぁ、二ヶ月前まで北海道の山奥でシカを追っかけてたオメエに仕事をさせようってのか」

 「まだ地下鉄の乗り方もよく分からないのに、どうしたら良いのやら」

 「で、どんな仕事だ。 相談に乗ってやろうじゃないか、サトシ君」

 「えっ、本当ですか銀次郎さん!」

 「立ち話もなんだなぁ・・・」

 「あそこの喫茶店では?」

 「大の大人が二人、喫茶店ということもあるめぇ。 サトシ君、手持ちはいくらだ?」

 「三千円ほどは・・・」

 「よし、俺の知ってる店に行こう。 とりあえず道すがら話を聞こうじゃないか」

 サトシが連れ込まれたのは路地裏の奥のドン詰まり、看板も何もない建物裏の非常口ようなドアの奥。 カウンター席だけの狭くて薄暗い店内は秘境探検ホラー映画にでも紛れ込んだような、そんな不気味さでサトシを押し潰そうとする。

 「豆太郎、客を連れて来たぜ。 三人で三千円ある、飲ませろ。 サトシ、話は分かった。 携帯を持ってるだろう、俺の言う番号に電話しろ」

 銀次郎がサトシの三千円をカウンターに並べると店の奥の仏像みたいな置物が動き出した。 すでに正気を失っているサトシは言われるままに番号を入力し、呼び出しコールの響くスマホを呆然と眺めていた。 そして誰かに繋がったスマホに銀次郎が叫んだ。

 「左巻、俺だ、銀次だ! 飲ませてやるから今すぐカルカッタに来い!」

 サトシは唯々唖然呆然自失、この店から生きて出られることを願うだけだったが・・・

 「サトシ、電気箱に詳しいオタクを紹介してやる」

 「えっ、電気箱ですか?」

 「そうだ、左巻はテレビみたいなやつで世界中の秘密を覗き見してる」

 「・・・あぁ、もしかしたらハッカーみたいな人ですか?」

 豆太郎と呼ばれた仏像のような置物は人間だった。 そして彼は無言無表情のままカウンターにグラスを二個並べ、一升瓶からウンコ色の液体を並々と注いだ。 

 「左巻ならニワトリ星人のことがわかるんじゃねえのか。 それより飲め、遠慮するな」

 遠慮なく飲めと言われたが目の前のグラスからは妖気が立ち昇っているような、そしてカウンターに置かれた三千円は僕の三千円ーーーそんなことを思いながらもサトシは、今は銀次郎さんにすがるしかないと恐る恐るグラスに口をつける。 驚いたことに酒はカレー味、そして不味くはない。

 「銀次郎さん、このお酒意外と悪くはないですね」

 「意外と悪くないとは豆太郎に失礼だろうが、サトシ」

 「わっ、すみません豆太郎さん」

 豆太郎は相変わらず無言無表情のまま、置物のまま・・・おそらくはこれが普段の豆太郎なのだろうとサトシが思っていると、突然豆太郎の目の玉だけが入り口の方を向いた。 豆太郎は静かにカウンターに三個目のグラスを置き、そのグラスを満たした。 それと同時にドアが開き若い男が店を覗き込んだ。

 「銀次郎さん、遅くなりました」

 「左巻か、まあ座れ」

 「でも銀次郎さん、俺金を持ってませんよ」

 「心配するな左巻、それより面白い話がある」

 

 

 

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