地獄にモミジ

 左巻のスマホに知らないナンバーからの着信、無視しようかと思ったが嫌な予感。 おそるおそる通話ボタンにタッチ、いきなり銀次郎の大声が部屋中に響いた。

 「左巻、俺だ、銀次だ! 飲ませてやるから今すぐカルカッタに来い!」

 「あっ、はい、分かりました銀次郎さん、すぐにカルカッタに行きます!」

 予感が的中、もし着信を無視していたら・・・そう思うと背筋が凍った。 銀次郎に呼び出されるのも怖いが、たとえ知らないナンバーだったとしても呼び出しを無視したとなればそれ以上に恐ろしいことが後に控えている。 そう、すぐにカルカッタに自転車を飛ばす左巻だった。

 呼吸困難で顔を歪めながらカルカッタのドアを開け、中を覗き込む左巻。 カウンターの向こうにはいつものように置物のような豆太郎、そして店内には銀次郎と純朴そうな若い男が一人。

 「左巻さんですか、サトシといいます。 実は恵美子さんからケンタ星人の監視を仰せつかったのですが、途方にくれてまして・・・」

 「はあ・・・、宇宙人ですか?」

 「はい、ケンタ星人です」

 「おい左巻、奢りだ飲め。 そしてサトシを助けろ!」

 「そんなことを言われても・・・、銀次郎さん、恵美子さんが月星人なのは知ってますが、ケンタ星人なんて初めて聞きますよ」

 「俺も初めて聞く、だからオメエの電気箱で調べろ。 とにかく恵美子がいうには、ケンタ星人とかいう地球のニワトリにそっくりな宇宙人が地球のニワトリを調査に来るらしい。 で、サトシがそのニワトリ星人の監視をすることになったのでオメエが助けるという話だ。 どうだ、話のスジは通ってるだろうが、左巻」

 「とにかく恵美子さんに会って詳しい話を聞きましょうよ、サトシさん」

 「サトシに左巻、話は決まったようだな。 よし遠慮するな、さあ飲め!」

 何が決まったのかよく分からないが銀次郎に酒を勧められ断る度胸などないサトシと左巻。 勧められるままに人生を捨てた覚悟で豆太郎の注ぐ茶色のカレー味の液体を飲み干す二人だったが・・・

 「お兄ちゃん、生きてる?」

 「わっ、モミジじゃないか!」

 「銀次郎さんからお兄ちゃんがカルカッタの前で倒れてるから迎えに行けって連絡があったのよ」

 銀次郎に呼び出されてカルカッタで飲み始めたのは覚えている左巻だったが・・・、そして路地裏の奥にも朝の爽やかな風が流れ込んでいた。

 「お兄ちゃん、隣で倒れているのは誰?」

 「えっ?」

 「この人に奢って貰ったんじゃないの?」

 「あっ、そうだ。 サトシさんだ。 モミジ、サトシさんは無事か?」

 「サトシさん、生きてる?」

 モミジがサトシに声をかけるが、サトシに聞こえてくるのは甘い天使の囁きーーーそう、彼は天使の歌声に包まれる夢を見ていた。

 「お兄ちゃん、この人はダメかもよ」

 「そんなことはないだろう、とにかく起こせ、揺すってみろモミジ」

 そして強烈な頭痛と吐き気がサトシを襲う。 それでも聞こえてくるのは天使の歌声。 ここは地獄なのか、それとも天国・・・ しかし地獄で天使の歌声が聞こえるはずもない。 それにしても頭痛と吐き気で世界がぐらつく。

 「わっ、天使だ!」

 「お兄ちゃん、この人生きてるわ!」

 サトシが目にしたのは眩しい光を背にした天使、ニワトリのぬいぐるみを抱えたメッチャ可愛いピンク色に輝く天使。 そう、この瞬間サトシは恋に落ちた・・・相手は左巻の妹、モミジだった。

 

 

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