さあ、ネコになろう

 最近の長い長い不景気のためか会社ではサービス残業が益々増え、しかも給料は反比例的に減るという悲惨な世の中になっている。 こんな世の中になるだろうと数十年前から誰もが想像していたが大昔の大繁栄を忘れられず、気付けば皆んなが鍋の蛙になっていた。 まあ、俺もそんな呆け蛙の一人なのだが。

 幸いにも俺は優柔不断な性格のお陰で、社畜と呼ばれながらも会社に定年までしがみつき退職金と年金を手にすることが出来た。 しかしその額は大したこともなく不景気なのに物価は上がるという世間では退職後も悲惨だ。 僻地田舎にでも引きこもり、質素な生活に徹すれば何とかなりそうだが、それはそれで今までの俺の人生は何だったのかと自問したくもなる。 そして察しのとおり退職はしたが僻地田舎に引っ越す決心も付かず、時間だけは持て余しているが趣味などはない俺は毎日が退屈至極。 退屈のあまりいっそ人生にひと花咲かせてみようかと考えることもあったが、それは安っぽいテレビドラマの見過ぎの悪害としてテレビも捨てた。 もっともテレビを見るために払わされる税金が貧乏年金生活者とっては辛いというのが俺の本音か。 

 それでも俺には暇つぶしのネタとして無料のネット動画がある。 おそらくは俺のように貧乏年金生活を強いられる暇人が多いのだろう、彼ら向けの ”夢見る楽しい老後” 的な話が湯水のように湧き出てくる。 そしてさすがはネット世界、合法非合法、真っ当なものからマジに怪しいものまで千差万別百人百様七色糞色人生十色。 何で今まで無駄金を払ってまで金太郎飴のようなテレビを見ていたのかと、後悔先に立たずという言葉を噛み締めている。

 特に人気があり、そして俺の興味を引いたのが辺境僻地の惑星に移住し気ままに暮らすというネタだった。 考えてみれば、こんな住み辛い星からの逃避願望を俺を含めて皆んなが持っているだろうということは想像に難くない。 辺境惑星移住に関する多様な動画サイトで気がつけば夕飯の時間ということも多々あるが、それはそれで色々な意味で退屈な貧乏年金暮らしの憂さ晴らしともなっている。 そしてそんな怠惰な日々を過ごしていたある日、俺は衝撃的な動画サイトに出くわした。

 それは ”さあ、猫になろう” そんなハッシュタグの付けられた動画サイトだった。 初めは箸休めのつもりで眺めたのだが、しかしそれは正に青天霹靂天地創造、俺の想像をはるかに超える異世界転生ワールド・・・辺境僻地を更に進んだ大宇宙の秘境にあるという小さな星への永住の話だった。

 そこは異世界秘境ワールド。 その星には雑多多様な生物が住んではいるのだが、当然のように大宇宙の一般的な法律も常識も習慣さえも全く存在しない超絶別世界。 そんな野蛮な未開の地に移住するなど頭がおかしいのではないかと思うだろうが、その星は文明未開の地である故に違法ドラッグでのDNA改造天国。 早い話が、大宇宙の辺境僻地秘境空間は肉体改造どころか全く別の生物に変わろうが誰にも文句を言われない異次元別世界だった。 そしてこの動画サイトの特筆すべきところは、確かに違法ドラッグでDNA改造はするが決してスーパーマンとしてこの未開の秘境惑星で絶対的支配者になろうというものではない。 この星で最高知的生物と自認してはいるが未だに原始文明から抜け出せない生物に面白い特徴があり、その特徴を利用しその生物に寄生しようというのだ。 その生物は ”ネコ” と呼ばれる小型四足歩行生物を異様なまでに溺愛し、ペットとして異常なまでの過保護飼育をしている。 言い方を変えるならば、DNA改造でネコに変身してしまえば超過保護な生活環境で溺愛されながらひたすらに怠惰な暮らしが保障されるということだ。 まあ飼い主が多少醜くバカなことを我慢しなければならないが、それはそれで怠惰な暮らしの薬味にもなり得るだろう。

 俺は雄叫びを上げた。

 俺の人生で初めての雄叫びであった。 それ程までに衝撃を受けた俺は人生で初めて自分自身で自分自身の人生についての決断をした。 すぐにその動画サイトに載っていたアドレスにコンタクトを取った。 詳しく話を聞けば、予想したとおり秘境惑星への旅費とか違法ドラッグでのDNA改造などで結構な金額になるようだ。 しかし今の退屈不満不安以外に何もない未来が超過保護環境での優雅で怠惰な人生に変わると思えば、何とかならない金額でもない。 手元にある退職金、そして年金を担保に借金しまくれば工面できる。 そう、俺はこの星での息の詰まる貧乏年金生活という現実に永遠の別れを告げ、異世界での薔薇色の人生に飛び込もうと直ぐに契約をした。

 そして俺は子ネコとして辺境秘境惑星の道端に置かれたダンボール箱に入って俺を溺愛してくれる飼い主を待ったのだが・・・、だが俺はネット動画のプロモーション映像では見えないリアルな現実世界というものに直面することになった。 腹を空かしダンボール箱の中で鳴いているとこの秘境惑星の保健所という集団に俺は捕まった。 初めはこの集団が子ネコの俺を溺愛してくれる飼い主に送り届けてくれるのかと思ったのだが、それは違った。 ここは未だに原始文明に留まる未開の惑星、保健所という集団は俺を殺処分するために・・・

 

 

 

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA