「さすがにこれじゃ仕事もやりにくいなぁ・・・」
「やりにくいもなにも地球からの探査船で全部バレてるじゃないですか、所長。 それにしてもあんなに高性能だったとは・・・、しかし事故に見せかけて岩でもぶつけていれば」
「お偉いさんはもし探査船を破壊して我々の存在がバレたらと考えたようだ」
「しかしあんな絵まで撮られて、夢も希望もあったもんじゃないですよ。 しかもこの計画は七十年前の資料で作られたという話もあるじゃないですか」
「とにかく事務所は開設したんだ、何とか打開策を考えよう」
とある昼下がり、小さなオフィスから漏れ聞こえる会話。 そのオフィスの入る古いビルの廊下は多少カビ臭さを含んだ冷気を保ち、照りつける日差しが眩い表通りとは別世界。 そして不釣り合いに真新しいドアノブのドアには “火星土地開発公社” のプレートが掛けられていた。
「運河もなければ草も木も生えてないただの荒地、岩と砂だけの砂漠というのが完全にバレてますよ。 誰もあんな土地なんか買わないですよ」
「でもまあ、何とかなるんじゃ・・・」
「いっそ不法侵入とか、プライバシー侵害とかでNASA相手に損害賠償の裁判でも起しますか、所長」
「裁判には金がかかるだろう、無理だ」
「ならNASAに火星の困窮を訴えて泣き落としとか・・・、我々の宇宙船の修理用中古部品と引き換えにあの映像は全部合成のヤラセだと発表してもらうのはどうです」
地球到着その日にこの現実を目にしていたが、お偉いさんの決定事項への異議は一切許されないお役所仕事である以上とにかく事務所は開設された。 そして今過酷な現実を目の前にして、誰も責任を問われない報告書の作成を課せられた俺の役人としての人生。 もし失敗すれば降格減俸、そしてど田舎の出張所で定年まで過ごすことになる住宅ローンを抱えた俺の人生。
七十年程前までは時折こっそりと地球を訪れたいた火星人だったが、地球で ”火星年代記” という本が出版されると火星の未来を案じたお偉いさんは地球との航路を完全に遮断した。 しかし近年の食糧危機の打開策としてお偉いさんは地球から食料を運ぼうと考えた。 だが砂しかない不毛な火星、ハッキリ言って地球で食料を買う金がない。 そこでお偉いさんが考え付いた計画といういのが、火星の土地を売って食料を火星に送るということだった。 そしてそのアイデアの元となったのが七十年前の資料、”火星年代記” とかいう小説だったとか。
「金が出るとか、そんな話はどうかな・・・、事務所の名前を “火星資源開発公社” に変えればいいだけだし」
「金鉱詐欺ですか。 さすがは所長、考えることが俺よりえげつないというか」
「金鉱詐欺とか、それは言い過ぎだろう。 金など無いことを知っていれば、それは詐欺になるだろう。 しかし我々は金があるか無いかを知らないし、もしかしたら本当にあるかもしれない。 だから詐欺にはならないだろう、総務部長。 そう、そして金の話はあくまでも噂だよ、噂」
長年の気楽な役人暮らしを謳歌していた俺、そして冒険に憧れ訳も分からずに手を挙げ総務部長という肩書きを貰った新人役人と二人だけの現地事務所。 百パーセント嘘の報告書は懲戒対象だろうが五割ほどの事実を誇張した報告書ならば通常営業範囲内ということで何とかなるだろう。 しかしそれでも詐欺まがいの商売でもしない限り、お偉いさんを納得させる報告書は書けないだろう。
「噂ですか、所長」
「そうだ、あくまでも噂だ。 私たちは公務員だ、詐欺はまずい。 詐欺行為がバレれば一発懲戒免職だ」
「しかしリスクは大きいですよ、所長。 もし火星に金が出るという噂が広まれば、それこそゴールドラッシュのバカ騒ぎが始まる可能性もあります。 そしたら地球人が幌馬車の隊列を組んで押し寄せて来るかもしれません・・・、そして騎兵隊も」
「確かにその可能性はあるが、しかし金が出るという噂があれば火星の土地に高値が付けられる。 その分で食料と一緒にガトリング銃を送れば大丈夫だろう。 どうせ幌馬車と護衛の騎兵隊は拳銃とライフル銃だ、ガトリング銃さえあればヤツがどんなに大勢でも簡単に撃退できる」
所長と若き総務部長は昨日見た古い西部劇の映画を思い返していた。
「なるほど、さすがは所長。 幌馬車と騎兵隊の大群を弓矢で迎え撃つことになるかと心配しましたよ、本当に」
「私だっていざとなれば、これでも子供の頃は火星防衛隊に憧れたもんだ」
「そうですよね、私達には火星防衛隊があります。 火星が地球人に征服されるようなことは絶対に無いですね」
何時しか二人の会話は熱を帯び、その勇ましさは古いビルのカビ臭い廊下の空気さえも震わせた。 そして火星を思う二人の公務員の熱い語らいは何時までも続くと思われたが、事務所の片隅で昼寝をしていた猫が大きなあくびをして一言。
「幌馬車は空を飛ばんわ、にゃ〜ん」