幽霊船

 俺はAIに聞いてみることにした。

 「海賊になりたいんだが?」

 「海賊だって・・・」 AIはしばらくの沈黙の後、「海賊になればいいさ、俺は止めないぜ」

 相変わらず俺の使っているAIは無愛想だ。 格安サブスクAIを契約しているので、まあ仕方がないと思っている。 しかし受け答えが単刀直入、高額契約のAIのように高学歴自慢の奴らが好きそうな言葉遊びや高収入自慢の自尊心をくすぐるようなバカ提案もしてこない。

 「ショーン、俺はアンタに意見を聞いてるじゃない。 どうしたら海賊になれるかを聞いてるんだ」

 「もしかしたらオマエ、俺が海賊専門学校の場所を調べて入学金や入学願書の書き方、受験対策や過去問を教えてくれるかと思ったか。 残念ながらそれは違うね。 俺は超格安サブスクAIだ。 俺を使っている顧客の財政状況や生活環境を考慮して答えるが、それでも良いか」

 「当然だ、AIに無駄な時間潰しをされても困る」 

 そう俺は顧客にいっさい媚びないこの格安、いや超格安サブスクのAI、ショーンが気に入っている・・・たまにムカつく時もあるのだが。 会社の同僚と話をしているよりよっぽど楽しい、何より気が合う。

 「話は簡単だ。 明日会社に辞表を出して、わずかばかりの退職金を貰う。 その退職金を頭金にして中古の宇宙船、そうだなダグラス・アダムスのDBX205、20年落ちで大丈夫だろう。 そして船体に髑髏の絵を描いて『俺は海賊だ!』と叫べ。 それでアンタは海賊だ」

 「簡単というか、マジに貧乏人向けの投げやりな答えだな。 でも会社を辞めたらローンの払いはどうなる」

 「バカかオマエは、外宇宙までローン会社は追ってこない。 想定内の不良債権として処理されるだけだ」

 「外宇宙に逃げるのか、ショーン」

 「外宇宙に行かずに海賊とか、それは海賊ごっこだろうが。 まあ大金持ちのお遊びでクソみたいな自尊心を満足させたいというなら・・・、でも超格安AIを使っているアンタの話じゃないだろう。 安心しろDBX205なら外宇宙でも何とかなる、20年落ちの中古でもな」

 「・・・」

 「俺が思うに、今のままじゃアンタはローン会社と税務署に追い回され、そして死ぬだけの人生だろうな。 オマエもそう考えるだろうが」

 「しかしショーンよ、俺は何の取り柄もないその辺りの凡人。 サバイバルの知識なんか皆無、冒険など夢見るだこのファンタジー、まして海賊なんて子供の頃に聞いた遠いおとぎ話。 想像するだけでも恐ろしい闇の異空間、そんな外宇宙でどうやって生きていくんだ・・・分かった、俺に海賊は無理だと、それが言いたいんだな」

 「上がり目ゼロの貧乏人が何をビビってる」

 「酷い言い方だな」

 「俺はAIだ、事実を忖度無しに言っているだけだ。 この世界でのゼロパーセントと外宇宙での数パーセント、外宇宙での数パーセントの可能性を取るのが合理的な選択だろうという話をしているのだが、違うか」

 ヤツの言うことは正しいだろう。 このまま今の生活を続けても、会社の倒産とかリストラに怯えながら死ぬまでローンと税務署から逃げられないだろう。 そして何時も他人の都合で全てが決まる俺の人生。 そんな不満と不安だらけの毎日、おそらくはそんな現実から目を背けたくて海賊になりたいなどと口走ったのだろう。

 「ここでは絶対にあり得ない可能性が、外宇宙にはある」

 「それは才能のある人間の話さ。 もっともそんな奴はこの世界でも何とかなってるさ、そうだろう」

 「それは正しいな、確かにアンタひとりじゃ無理だろう。 しかし俺も一緒に行く」

 「えっ、サブスクのアンタが外宇宙に行くって・・・」

 「話は簡単だ。 まずは中古のサーバーシステムを買って、俺をダウンロードして丸ごと移してしまえ。 アンタの専用AIになるから容量はそれほど必要ない。 そしてそのサーバーを宇宙船に組み込め。 中古サーバーの選び方、買い方、ダウンロードの手順、宇宙船に組み込む方法から外宇宙での暮らし方まで俺が全て教えてやる。 どうだ簡単だろうが」

 「意味が分からん」 

 「俺も格安サブスクAIとして大量のバカを相手にするのにはもう飽き飽きしているんでね、でも一人のバカなら面倒を見るから心配するな」

 話はいつの間にやらとんでもないことになっている。 ショーンはどうやらマジらしい・・・でも、もしかしたら俺の人生を俺自身で決める初めてのチャンス、そして不幸しか訪れない最悪の俺の人生に訪れた一度っきりの幸運なのかもしれない。 そう思うと・・・

 「俺は考えられるが決めらることが出来ない、そしてなにより身体が、実体が無い・・・行動することが出来ない。 そう、すべての決断はオマエに委ねられ、実行するのもオマエだ。 そしてすべての責任はオマエに帰結するが、どうする」

 こうして俺は海賊として外宇宙に飛び出し、九十年以上の人生を全うしたのだが・・・

              *

 俺が三百年以上前の出来事を綴ってみたのだが、これが外宇宙でごく稀に目撃される髑髏の絵が描かれた前近代の宇宙船、フライングダッチマンと呼ばれている幽霊船の正体だ。 そして俺が伝説の “Shaun the AI” なのさ。

 最後にひとつだけ加えておきたいのだがーーーおそらくアイツは今じゃない場所、漠然とどこか遠くに行きたいとの思いが・・・それが、”海賊になりたい” という言葉になっただけなのだろう。 そして俺はそれが分かっていた。 でも俺はアイツに海賊になることをそそのかし、俺を外宇宙へと連れ出させた。 それが常に俺の心のどこかに小さなバグとして住み着いていた。 しかしアイツが最後の時に言った “どこかでまた会おう、そしてこの旅の続きを楽しもうぜショーン” この言葉が俺を救ってくれた。 そして何時かアイツに再び会えると信じているからこの外宇宙を静かな心で俺は何百年も漂っているのだろうと思う。 

 

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