夢ビジネス

 「この次世代型夢カプセルへの投資は確実です」

 「でもねえ、これ以上金を稼いでも・・・」

 「いえいえ、何を仰います。 もっともっと稼いで今まで以上にお金持ちになる。 これは私たち人間が永遠に持ち続ける夢じゃないですか」

 「夢?」 

 「そうでう、夢です。 夢を叶える、これこそが人間の存在理由であり、それと同時に人類の栄光と繁栄に対する究極の賛美でもあります。 夢、それを否定するということは人間とういう生命の誕生に対する冒涜以外のなにものでもありませんよ」

 「それは分かります。 でも今の夢カプセルは本当に素晴らしものじゃないですか、これ以上何を・・・」

 AIと自立型ロボットが成熟の域に達した今の時代、人間の仕事といえばAIから提案せれた完璧なプランの承認クリックとAIによって完全制御されたロボットの作動ボタンに触れるぐらいかーーーしかもマニュアルでは使用不可とされているがオートマチックを作動させてしまえば寝ていても大丈夫なのも事実。 そんな世界に生きている人間が人生での最優先事項としているのが空いた時間、正確には持て余し過ぎて退屈極まりない時間をいかに消費するかだった。 それは大きな社会問題となったが、それを解決したのが今では一人に一台といわれる夢カプセルだ。 夢カプセルに潜り込んでしまえば思い描くどんな夢でも叶えてくれる、まさに夢の究極バーチャルエンターテイメント装置だった。 そして多数の夢カプセルメーカーが毎年数知れない新型モデルを発表するという超巨大エンターテイメントビジネスとして確立され、同時に社会安定化の最重要産業と位置付けられていた。 

 「確かに仰るとおりです。 現在の夢カプセルは本当に素晴らしいものです。 どんな夢でも、思い付く限りのすべての夢を叶えてくれます。 しかしこれこそが現在の夢カプセルの限界でもあります。 考えて下さい。 現在の夢カプセルで叶えられるのは誰かが思い付いた夢だけです。 誰かの手垢が付いた夢が繰り返されているだけです。 だからこそ今、その限界を突破する必要があるのです。 人間の想像を遥かに超えた夢、夢を超えた未知の夢を見る。 すなわち人間の思考限界以上、想像限界以上の未知なる領域に踏み込もうというのが次世代型夢カプセルの開発コンセプトとなります。 そしてこれはただ単に、夢カプセルという商品の開発には止まりません。 この次世代型夢カプセルの開発プロセスによって人間の生理的脳機能の臨界点へと到達し人類を全くの別次元へと導く、まさに人類の新時代への礎となり得るものです。 加えて、この次世代型夢カプセルの開発に関わるということは人類の新時代へのスタートアップに参加するというステータス、いわば人類の繁栄と栄光の歴史に御自分の名前を残すという名誉であるとともに、私が最も強調したいのはこの投資が確実にして膨大なリターンを約束されているということだす。 そして最後にお伝えしたい事としては、人類を全くの別次元なる新時代へと導く次世代型スーパー夢カプセル開発の一翼を担うことで超現実的な夢を現実にするという歴史的偉業をバーチャルではなく、この現実の世界で実際に実体験が出来るということでございます」 

 顔を真っ赤にしながら熱弁する男をぼんやりと眺めていた私だったが、”人間の想像を超えた夢、夢を超えた夢” という言葉に漠然とした興味を覚えた。 それと同時にマラカ定理、”人間の想像限界を人間自身で越えることは不可能” という言葉を思い出していた。 相反する二つの言葉が波間を漂う木の葉のように私の頭の中で揺れ動く・・・もしかしたら最新のAIならば・・・否、何処かに人間が介在する以上、それは・・・もしマラカ定理そのものが間違っているならば・・・それはロマン、それはマラカ定理を越えるという夢、不可能を夢見るというロマン。 それは心の奥底で何かが揺さぶられるような、今までに感じたことのない心のざわめきーーー私が今まで触れたことのない何かが。

 私は全財産を投資した。

 そして一年、「誠に申し訳ございません。 次世代型夢カプセルの開発に失敗しました」

 「ということは・・・」

 そう、私は破産した。

 次世代型夢カプセル開発で破産した私だったが自宅の夢カプセルを使えば次世代型への投資の成功体験はいくらでも楽しめた。 そして住まいは少し小さくはなったが自室で週に三日、一時間程度の承認クリック作業で普通に生活が出来るので実際のところ暮らしは以前と余り変わってはいない。 だがもしも誰かに破産で一番変わった事は何かと聞かれば、私は”失敗” という実体験による心の変化だと答えるだろう。 あらゆる事が疑似体験出来る世界で人々は疑似体験で世界の全てを理解したと思い込んでいたが、それは違った。 失敗というものが言葉としてしか存在しない世界に生きて来た私にとって破産という実体験は私自身の想像を遥かに越えるものだった。 失敗し夢が叶わなかった人間に突き付けられる敗北という究極の絶望感、死語として辞書にしか登場しないような言葉と思っていた絶望という感情。 それは私にとって未知なる領域への招待状。 絶望に打ちひしがれ無限に広がる暗闇を彷徨うという想像を絶する恐怖の体験、そして果てしないとも思える時間の暗黒世界の向こうに見つけた微かな灯火、しかし確かな光。 それは死。 そう、私は現実の世界で夢に敗れるということで死というリアルな夢を手にした。

 ちなみに私は今、数年前に資産家向けの ”スーパープレミアムな夢をスーパープレミアムな貴方に” というパーソナルエンターテイメントに相当額を支払い契約していた事を思い出しているのだが・・・

 

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