彼は驚いた。 ペンギンが空を飛んでいる。
以前からペンギン学会ではペンギンが空を飛ぶという噂が流れていた。 その噂を確かめるために学会は密かに彼をこの観測ポイントに派遣していた。
彼は酒も飲まなければタバコも吸わない。 マリファナ、LSDなどその言葉を聞いただけでも体が拒絶反応を示した。 もちろん結婚もしていなければ彼女もいない。 ただひたすらにペンギンのことを思い、遊びに出かけることもなく一途にペンギンの研究をし暮らしていた。 だからこそペンギン学会は彼を秘密調査員として選び極秘に派遣していた。 そんな彼の目の前で、ペンギンが空を飛んでいる。
彼は立ち止まった、確かにペンギンが空を飛んでいる・・・だが、その事実に秘められた真実とは。 真摯なペンギン学者として、偽善なき学術研究者として彼は常日頃から事実よりも真実を追求しなければならないと考えていた。 加えて彼は、なぜ彼が極秘に派遣されたのかを、その隠された使命に思いを巡らしていた。
権威あるペンギン学者としての彼はペンギンが空を飛ばないことを真実として理解している。 それと同時に善き社会人として権威あるペンギン学会の期待を背負っていることも理解している。 ペンギン学会は彼に何を求めているのか・・・事実の報告なのか、真実の追求なのか?
ペンギンが空を飛んでいるという事実を報告すれば、社会的に大きな話題となりペンギン学会には莫大な寄付が集まるだろう。 しかし・・・、彼の研究者としての直感が事実の裏に隠された極めて危険な真実を嗅ぎとっていた。 この真実を暴いた時、今までの全てのペンギン研究が否定されるような、いや、ペンギン学会の権威そのものが崩れ去るような、そんな真実が隠されている可能性も・・・、
「何を迷っている、おっさん?」
「わっ!」
彼はマジに驚いた。 ペンギンが話しかけてきた。
その驚きは彼の人生最大のものだった。 ペンギンは鳥類でありながら空を飛べない、しかしその姿その動きには大いに愛嬌があり人々から愛されている。 それ故に空を飛ぶペンギンにはロマンがあり、真実はともあれ莫大な寄付が期待できる。 しかしペンギンが人間の言葉を話すとあれば、話は大きく変わってくる。
先ず、こんな事を報告すれば確実に彼は狂人扱いされるだろう。 これまでに彼が築いてきたペンギン学者としてのキャリアは一瞬にして吹き飛んでしまうだろう。 そしてペンギン学会は学会の権威を保つために彼を学会から永久追放するだろう。 いや、それ以前にペンギンが人間の言葉を話すのは神への冒涜。 常識という人間が数千年の叡智で築き上げた平和への挑戦。 絶対に人間以外には許されるべきではない行為だと彼は思った。 そして、極めて善良にして社会的責任感を強く持つ常識人としの彼の決断は早かったーーー空飛ぶペンギンを殺してしまえ! しかし彼が銃を手にする前に、彼の首は空飛ぶペンギンに食いちぎっていた。
「ペンギンが空を飛ぶ事実は知っても、ペンギンの真実を知るには・・・」
ペンギンは血にまみれた嘴を翼で拭いながら呟いた。