私の船に事故が起きたのは何時のことだったのか。 今では事故そのものの記憶も曖昧になっている。 しかし事故が起きたのは確かな事実だ。 だから私はこのレスキューポッドの中にいる。
もしかして事故ではなく・・・、いや、今となってはどうでもいい。 私がこのレスキューポッドで宇宙を彷徨っているという事実に変わりはない。 そして目の前の積算カウンターには “52” の数字が、もう五十年以上も前の話か。
色々な記憶は曖昧だが、レスキューポッドに乗り込む時に目にした文字、このポッドに大きく書かれたキャッチコピーは今でも鮮明に私の記憶に残っている。
”二百年安心保障の、全宇宙で最も人道的なレスキューポッド”
黄色いポッドの船体に、黒々と鮮明に書かれたキャッチコピー。 二百年の生命維持装置の稼働が保障されているという、このレスキューポッド。 この文字を見た時には、確かに希望を感じた。 二百年という時間が必ず救助されるという希望を与えてくれた。 そして勿論、睡眠と覚醒を任意で設定できる冬眠オプションも付いている。
初めの頃はすぐにでも救助されるだろうと睡眠と覚醒を毎日繰り返していた。 だが狭いレスキューポッド、覚醒中でもシートに座っていること以外は何も出来ない。 デフォルトで付いていた時代遅れのゲームか、十数本ばかりのB級映画で時間を潰すしかない。
やがて一週間に一度、半日の覚醒。 それは一ヶ月に一度の数時間の覚醒となり、半年に一度、一年に一度の覚醒へと変わっていった。 それでも確実に歳は取っていく。 覚醒する毎に顔は老け体が痩せていくのが分かる。
絶望を味あうだけの、一年に一度の覚醒。 そして再び冬眠に入る時に襲われる、二度と覚醒しないのではと思ってしまう恐怖・・・と、同時にこれ以上の絶望と恐怖を味わいたくないという感情に揺れる。 そう、覚醒のたびに味わう絶望と恐怖はしだいに巨大化し、私の心を少しずつ押し潰していく。
そして、その存在感を増すボタン。
シートの左側、右利きの私が最も手が届きにくいところにある、大きなボタン。
大昔に海賊船のシンボルとして使われた髑髏、笑っている髑髏が描かれたピンクの大きなボタン。
”全宇宙で最も人道的なレスキューポッド” と書かれたプレートの横で髑髏が笑っているピンクの大きなボタン。
レスキューポッドの取り扱い説明書では ”天使のボタン” と呼ばれる、笑った髑髏のピンクの大きなボタン。 散骨・・・、いや散灰、もしかしたら産廃処理という葬儀を全自動で完了してくれる至り尽せりのシステム作動ボタン、全宇宙で最も人道的な天使のボタン。 そして何時の日にか、永遠の絶望と恐怖に囚われた私が自らの手で自分を解放する時が来るのか・・・