「こちらは自由海賊団、貴船の停船を求む! 停船するか、あるいは拒否し船体に大穴を開けられるかを選ぶ権利は、貴船にあり」
「わっ、海賊だ!」
「せっ、船長! 船を停めましょう」
「まっ、待て! 運行課の指示を」
マジか! 俺の人生は最悪だ。 思い返せば最低の仕事運。 毎日のブラックバイトで疲れ果て三流大学を中退し、甘い言葉に誘われ入社した新築ビルのオフィス業務は毎日の長時間サービス残業、ブラックバイト以上のブラック会社。 そして沸騰した脳ミソで無意識に転職サイトでクリックしたのが貨物運送会社。 辛うじて意識が戻った時に、子供の頃から憧れだった宇宙船乗りの冒険を仕事で満喫できると勝手に喜んだが、俺を待っていたのは前職のブラック会社以上のブラック企業。
絶対に逃亡不可能な宇宙空間に漂う小さな貨物船。 一年366日24時間30分勤務、貨物室優先の最悪居住環境に朝昼晩の冷凍マック。 運行の遅れはいかなる理由でも給料マイナス査定、どんなに過酷な状況でも本社の指示は天の声、逆らえば給料以上の罰金ペナルティー。 そして海賊にまで襲われ、それでも船長は本社の指示待ちが最優先。
「船長、指示を待っている時間はありません」
「しっ、しかし俺には住宅ローンが!」
「でも船長、船に穴を開けられたら・・・」
勝手に船を停めたら罰金ペナルティーに損害賠償、停めなければ船体に穴を開けられ修理費用の天引きに、いや下手をすれば漂流船となって宇宙の藻屑。 まだ罰金、損害賠償、修理費用の請求なら自己破産でなんとかなりそうだが宇宙の藻屑になっては冷凍マックも食べられない。
俺達船員は全員で泣き喚く船長を押さえつけ、船を停めた。 そして貨物船に乗り込んでくる自由海賊団に身を硬くし身構えた。
「雨損運送の貨物船か、これでも食えよ」
身構える俺達に海賊が手渡したのはガリガリ君のアイス。
「冷凍マックしか食ってないんだろう、これでも食って落ち着こうぜ」
いきなり海賊から渡されたガリガリ君、緊張が解けたのか泣き出す船員もいた。 俺もブラックバイト時代には毎日のように食べたいたガリガリ君を見て、すべてがどうでもよく思えてきた。
放心状態でガリガリ君を食べる俺達を横目に海賊達は貨物室を空にすると、一枚のチラシを皆んなに配った。 そしてオニギリを食べ始め、俺達にも勧めた。
”転職しようよ、海賊に!” の文字がチラシには。
そしてオニギリは塩鮭と明太子。
初め俺は意味が分からなかった・・・海賊に転職、塩鮭と明太子のオニギリ?
えっ、もしかして冷凍マックではなく塩鮭や明太子のオニギリが、ガリガリ君が食べられると思った瞬間、誰かのお腹が鳴った。 この音を聞き、船長を除く全員が海賊に転職しようと心に決めたようだった。 空になった船に船長を一人残し、俺達は自由海賊団になることを誓い海賊船に乗った。
たぶん今まで以上の最悪はないだろうと、ガリガリ君に釣られて海賊になることを決めた俺だったが、今思えばあの時自分の人生を諦めた瞬間にすべてが変わった。 コペルニクス的大転回! 海賊に転職したことで御伽噺だと思っていた自由を手に入れ、子供の頃の憧れだった大宇宙への冒険旅行を楽しんでいる。 もしアンタが海賊に会うようなことがあったら、すぐに転職の相談をしようぜ・・・人生が変わると俺が保証する。