世界征服装置 Part 2

 月光堂は江戸時代から続く老舗の六代目として、和菓子屋月光堂の更なる繁栄をご先祖様に誓っていた。 しかし昨今のパテシエ人気の華やかさとは隔絶した和菓子の世界、当然のように月光堂の売上はジリ貧右肩下りがりで平常運転。 だがそんなことで挫ける六代目ではなかった。 絶対の自信を持ち、大江戸東京老舗和菓子界に新風を吹き込もうとした渾身の力作がタコ焼き饅頭。 しかしまったく売れない、ご近所様からもソッポを向かれた。 だがさすがは老舗六代目、その程度のことで諦めるような柔ではない。 『全人類に毎日タコ焼き饅頭』の額を店先に飾り毎日毎晩拝んで起死回生の打開策に頭を巡らした。 そして悩みに悩んで絞り出した解決策が世界征服、唯一無二の絶対的権力者として世界中の人間にタコ焼き饅頭を食べさせようと考えた。 しかも生真面目律儀な六代目月光堂、ご先祖様への誓いを成就させようと絶対に不可能と思える世界征服装置を二ヶ月余りで完成させてしまった。

 「どうしよう、銀次郎。 おれ、タコ焼き饅頭が食えねぇ、身体中にジンマシンが出る」

 「そうだろう、源さん。 アンタは生粋の江戸っ子だ、タコ焼き饅頭に拒絶反応が出て当然だ」

 「もし餡之介が世界征服したら・・・」

 「源さん、月光堂はあの性格だ。 もし食わなきゃ牢獄送り、しかも牢屋じゃ三食タコ焼き饅頭に間違いなし」

 「何とかならんか、銀次郎」

 「江戸っ子がタコ焼き饅頭なんざ死んでも食えるか。 心配するこたねえ、絶対に俺がヤツの世界征服を阻止してやる」

 さすがは江戸っ子銀次郎、他人の窮地を知って放っておくような男ではない。

 「で、銀次郎、何かいい考えでもあるのか?」

 「安心してくれ、源さん。 ヤツは和菓子屋で、俺は大工だ」

 「・・・で?」

 「だから饅頭を、鋸で引いてやる」

 「はぁっ?」

 次の瞬間、銀次郎は源さんに頭を張られていた。

 「そんなんじゃ、オチにもなんねえ!」

 「済まなかった、源さん。 じゃぁ、こうゆうのは・・・」

 その夜の遅く銀次郎と源さんは闇に紛れて和菓子屋月光堂に忍び込んだ。 勝手知ったるご近所、下町界隈。 しかも月光堂とは産湯以来三十年の付き合いがある銀次郎、彼らは月光堂が完成させた世界征服装置まで難なくたどり着いた。 そしてその世界征服装置は月光堂一人でも一ヶ月で世界征服ができてしまうと誰もが思える装置だった。

 「どうだ銀次、オレが言ったとおり世界征服装置みたいな世界征服装置だろうが」

 「確かに・・・、しかしこりゃぁてえしたもんだ」

 「そんなにすごいのか、銀次?」

 「ああ、大江戸一番の凄腕大工の俺でも一年はかかる代物だ」

 それを聞いた源さんがいきなり怒り出した。 餡之介を叩き起こせと、作業場から母屋に通じるドアを蹴破り月光堂の寝室に向かった。 源さんんは有無を言わさず月光堂を布団から引きずり出すと、寝ぼけ眼の月光堂の頭に張り手一発。 その場に正座させ説教が始まったが、大工が和菓子屋に大工仕事が劣って感心するなと銀次郎も一緒に正座させられた。 

 「餡之介! オレはテメエを見損なった。 テメエは月光堂六代目として精進すると先代オヤジの死に際に誓ったはずだ。 そしてオレはその時、テメエを月光堂六代目として何処に出しても恥ずかしくねえ立派な和菓子職人にすると、テメエのオヤジ饅頭之介と固い約束をした。 それがどうだ、テメエはタコ焼き饅頭が売れないからといって世界征服のカラクリなんぞ作りやがって。 そんな暇があったが和菓子作りに精進しろ、誠心誠意精進して暖簾を守るのが老舗月光堂六代目としての務めだろうが。 おい餡之介、月光堂六代目として江戸っ子らしくスジを通せ、恥を知れ!」

 初めは顔を真っ赤にして怒っていた源さんだったが、いつしか先代の饅頭之介に合わせる顔がないと泣き出す始末。 仕舞いには五分毎に泣いたり怒ったりで、何がなんだか分からなくなってきたが・・・、しかし源さんの説教には江戸っ子らしくスジが通っているので月光堂も銀次郎も黙って聞くしかない。 それにしても正座して説教を聞くこと三時間、月光堂と銀次郎の足は痺れ痛みは背骨を突き抜け頭の天辺で渦を巻く悲惨散々。 そして最後は登る朝日を拝んで、二人は源さんに怒鳴られながら世界征服装置を解体した。

              *

 さてこれが大江戸東京は下町、入谷界隈で起きた知られざる世界的大事件、月光堂の世界征服計画事件のあらましでした。 堅物律儀生真面目一本の月光堂が完成させたと言っている以上、世界征服装置は本当に世界征服が可能だったに違いない。 それにしても残念なのは月光堂が余りに堅物律儀生真面目一本という性格のため世界征服装置の秘密は永遠に失われたことだ。 そしてタコ焼き饅頭嫌いの源太郎の張り手一発、人類永遠の悲願である世界平和が遠のいたのは非常に心残りとしか言いようがない。 しかしまあ源太郎や銀次郎、ご近所さんだけではなく誰しもがタコ焼き饅頭だけは食べたくないと思う大江戸東京庶民の本音が守られたという、誠にめでたい話を松の内に。 

 

 

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