白いペンキの線

 「もっ、もしかして・・・、クソ餓鬼?」

 「俺のことか? 見たら分かるだろう、ガキの姿で頭の上にクソが乗ってるだろうが」

 「あぁ、確かに・・・」

 「何か不満か、”お客様大歓迎” の旗でも持っていると思ったのか?」

 「いや、そういう意味では」

 マジに驚いた。

 

 俺は本当にクソ餓鬼がいるとは思っていなかった。 21世紀を生きる者として、現実に妖怪が存在すると思わないのが真っ当な精神を持ち合わせた人間だろう。 ただクソ餓鬼が住むといわれる土地がどんな所なのか興味を持つのも現代人が忘れてはならないロマンだとも思う。 旅行好きな俺としては、そんな場所を訪ねてみるのも面白いと考えた。

 とりあえずネットをチェックしてみた。 驚いたことにクソ餓鬼は流行りのようで目撃の話は沢山ある。 場所にいたっては具体的な地名まで上がっているというか、地元では ”クソ餓鬼の里” として観光PRまでしているとは知らなかった。 そんなわけで意外と簡単にたどり着いたクソ餓鬼の里。 まあネットと道路網が全国に広がる現在の日本ではそほど驚くことでもないのだろうが。

 観光地と人出が苦手な俺は平日を選んだが、それが幸いしてか観光客の姿はなかった。 人のいない閑散とした観光地、それはそれである種のノスタルジーを感じさせ俺はそんな場所も意外と好きだ。 それにしても荒涼とした景色だ。 ”クソ餓鬼の里” を 観光PRしてでも多少なりとも観光客を呼ばなければ、どうしようもない過疎地として地図の上から消えてしまいそうな場所だった。

 簡素な無人案内所にあった大雑把な絵地図で大体の目星をつけ、一人散策してみる。 あまり手をかけていないのだろう、所々にゴミが散らかる荒れた小道をしばらく進むと雑木林の向こうに案内所も消え寂しさが募る。 荒涼とした土地のトレッキング、それはそれで自然の厳しさに触れる楽しさがあるものだがここは何かが違う。 ある種都会の殺伐とした雰囲気さえも感じさせる奇妙な感覚・・・孤独、不安だけが俺の心にのしかかる。 そして唐突に、一本の白いペンキの線が地面に引かれているのが目に入った。

 こんな所にペンキの白い線、少し気になったが俺はその白い線を越え歩き続けた。 それにしても歩きにくい道だ。 地面から顔を出した岩と岩との間に拳ほどの石が散らばり、足を取られまいと下を向いたまま歩き続ける。

 人の気配に俺は顔を上げた。

 わっ! 頭にクソを乗せた子供が目の前に立っていた。

 クソ餓鬼?

 

 本人がクソ餓鬼だと言うのだから、マジ本物のクソ餓鬼なのだろう。 それにしても口が悪いが、どこか人懐っこい妖怪だ。 こんな寂しい場所に住んでいれば、人恋しくもなるのだろうと勝手に思うことにした・・・そう思えば、話しやすいというか色々と話を聞きやすい。

 「珍しいなオマエ、俺の姿が見えるんだな」

 「えぇ、見えますけど・・・、せっかくお会い出来たので色々と伺いたいのですが・・・」

 「ああ、いいぜ。 何でも聞いてくれ」

 クソ餓鬼は近くの岩に腰を下ろすと軽く笑った。 どうやら俺の勝手な思い込みが当たったようだ。 俺も手頃な岩に座り、ザックから水と菓子パンを取り出しクソ餓鬼にも勧めた。

 「俺は要らねえ、それよりゴミは持ち帰れ」

 「あっ、はい」

 「掃除する身にもなってみろ」

 目の前に座っているのが本当に妖怪かとも思ったが、昔読んだ ”ゲゲゲの鬼太郎” を思い返せばこれもアリなのだろう。

 「ちょっと気になったんですけど、途中にあった白いペンキの線は、あれは人間界と妖怪世界の境界線みたいな?」

 「あの白ペンキの線か。 関係ないわ、俺が適当に引いただけだ。 だがお陰で色々と面倒臭いことが片付いたわ」

 「面倒事・・・、よかったら詳しく聞かせてもらえますか?」

 「ああ、かまわんぜ。 ここはある意味退屈な所だ。 昔は意外と人の往来もあって里もそれなりに賑わっていたんだが、最近では犬も寄り付かん。 それで観光客でも来れば里も助かるからと知り合いに頼まれたのと、まあ俺の退屈しのぎもあって協力してたんだがな」

 クソ餓鬼の口から意外な話が飛び出した。 確かにこんな寂しい場所で生活していては退屈もするだろう。

 「どうやらオマエは俺の姿が見えるようだが、普通は見えない。 まあ俺が意識すれば見えるんだがな。 たまに観光客の前に姿を表してやるんだが、俺はスマホには写らない妖怪だし観光客の中には結構ウザいヤツもいてネットに酷いことを書きまくっているのも多い。 それで里からの頼みもあって、俺が白いペンキで線を引いた」

 「えっ、でもあの線はなんの役に?」

 「オマエも思ったろうが、あの線を観光客は人間界と妖怪世界の境界線だと勝手に思う。 ここを ”クソ餓鬼の里” として観光しにきた客は俺の姿を見なくても、あの白ペンキの線を跨いでそれなりに満足して帰る。 まったく奇妙な話だが、あの線を必要とする人間がいるようでな。 里の連中が言ってたぜ、ネットの酷評が減ったとか」

 「へぇ〜、そんなもんなんですか」

 「まったく可笑しなところだぜ、人間界は」

 「しかしこんな所に住んでいて、寂しくはないんですか?」

 「寂しい? クソ餓鬼の存在が忘れ去られるのは寂しい、それは本音だ。 だがこの土地はパラダイスみたいな所だぜ」

 「そうは思えませんが」

 「逆立ちしてみな、景色が変わるぜ」

 俺は言われるままに逆立ちをしてみた。 驚いた、景色が変わった。 今までの荒涼とした景色が瑞々しい緑と可憐な花々に彩られた桃源郷へと、鳥のさえずりさえも聞こえる別世界が広がっていた。

 「なっ、なんで!」

 「当然だろうが、逆立ちすれば頭とケツがひっくり返る・・・、ならどうなる?」

 「えっ?」

 「頭からクソが出るだろが」

 「わっ!」

 驚いた俺は地面に転がった。 慌てて頭を触り確かめたが、俺の頭の上にクソは乗っていなかった。 そしてクソ餓鬼は消えていた。

 

 

 

 

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