「トコマ、ホットスプリングに行こうぜ」
「ホットスプリングだって?」
「そうさ、野外のホットスプリングだ」
「それは最高かも、ジョン」
「けっこう有名なスポットだが、冬は雪に埋もれるから誰も行かない。 だから冬に行くのがベストなんだ」
思いついたら、即決するのがヒッピーの思考形態。
そこはレイク・オカナゴンから三百キロほど離れたカスケード山脈にあるホットスプリング。 あるのは無人の山小屋だけという、山奥にある小さな露天風呂だとか。 で、なぜに俺たちが真冬に山奥のホットスプリングに行くのかというと、雪の露天風呂でペヨーテを楽しもうという話。 理由は明快、先日珍しくドライペヨーテが入ったから・・・さすがは山奥カナダのオールドヒッピー、ベアフット・ジョンの考えることは楽しい。
話が決まれば、即行動がヒッピーの行動原理。
行くのはその場にいた四人。 ジョン、そしてケベコワのバーバラ。 スクールバスでキャンプ生活をしているアメリカ人のピーター、そして俺。 保存食と簡単な炊事用具とシュラフを車に放り込み、キーを回してエンジンスタート。 レイク・オカナゴンからカスケード山脈の奥へと雪道を走り出す。
青空に雪山と雪原、ブリテッシュコロンビア冬景色を走り抜け雪に埋もれたパーキングに車を停める。 そこから十分ほど歩いた先にあったのは無垢の雪面に浮かんだ露天風呂、その横には雪に埋もれた簡素なログハウス・・・その存在は大海原に漂う小さなヨット。
「ファンタスティック!」
「まあ、落ち着こうぜ」
驚嘆の声を上げ直ぐにでも飛び込もうとする一同にジョンは声をかけジョイントを巻き始めた。 それでも俺とピーターは露天風呂の中でジョイントを受け取る。 外気は氷点下だがお湯はベストな温度・・・少しぬるめで一時間でも沈んでいられる。
すっかり温まった体、焚き火を囲んでの軽い食事にハーブティーの香りがテイクオフへと誘う。 そして俺はドライペヨーテを噛みながら付近の散策に出る。
そこには青と白、そしてパインツリーの陰が描くモノトーン。 それは誰であろうとも無慈悲に生と死の基本原則に従わせる、圧倒的パワー。 アビスの縁に立たされたような、そんな感覚で俺の足を麻痺させる。
戻ろう。
静かに身体を湯に沈め、俺はゆっくりと息を整える。 湿り気と微かな硫黄の匂いが乾いた冷気を和らげ、浮力がモノトーンに押し固められた身体を包み込む。 そして穏やかさ、そして優しさに溶け込む身体。 しかし仰ぎ見る蒼空から降り注ぐ耐え難いほどのモノトーンが呼吸に紛れ俺の身体に忍び込む。 それは地上と空との狭間に囚われ身動きが取れぬ諦めと絶望から垣間見る景色に感じる、そんな息苦しさ。
逃れたい。
シェルターを探す・・・それは、俺たちをここまで運んできた古いアメ車のセダン。 シュラフに潜り込み、後部座席に横たわる。 小さな鉄のシェルター、1ミリの鉄板が俺を外界から遮断する。 確かに圧倒的なパワーの前では無力な存在でしかない小さなシェルター、それでも1ミリの鉄板が俺に与えてくれるのはアビスからの道標。 漆黒の闇、そして静寂に沈められたシェルター。 俺は圧倒的なパワーに支配された夜に慄き、そして息を潜めアビスを覗き込む・・・唯々漆黒の闇の深さに身を震わせ、いつか来るであろう朝を待つ