昼過ぎに、ようやくたどり着いたこの街。 宿を決め、シャワーを浴び、空腹を満たしに夕暮れの路地へと足を向ける。 私がこの街の風を楽しみながら、路地の奥、さらに奥へと歩みを進めると・・・
なっ、何だ! 足腰の力が抜け落ちていく。
「あら、お兄さん、ご機嫌ねぇ。 ちょっと遊んでかない?」 そんな言葉を耳元で囁かれているような、甘い、甘い、甘美な香り。 悪魔の香りが、暮れ時の路地の奥から。
私は路地の奥へと、目を凝らす。 暮れ時の帷にかすむ路地の奥、さらに奥、開け放たれた窓に薄明かりがまとわる、一軒の家。 悪魔の香りは、その家からだった。
ここでハッキリと言っておくが、私はこの手の誘惑には極めて冷静な男だ。 まず最初に私の頭をよぎったのは、私が生まれ育った町の生活安全標語 ”気をつけよう! 暗い夜道と、甘い罠”
確かにその誘惑は、尋常ではなかった・・・悪魔でさえ、その魂を天使に捧げてしまうような。 だからこそ、その悪魔の香りの正体を確かめねばと、なおさらに薄明かりの漏れる窓への興味がつのる。 それは冒険者の使命、探究者の性。
「気をつけよう、暗い夜道と、甘い罠」 私は口ずさむ。
「気をつけよう、暗い夜道と、甘い罠」 一歩足を踏み出すごとに、私は口ずさむ。
だが、その香りはなにか、何か特別な。 今までに感じたことのない、経験したことのな陶酔感で、私を包み込むーーー気をつけよう、暗い夜道と、甘い罠。
気付けば、私は悪魔の窓際へとにじり寄っていた。 そして悪魔の窓の上に、何かが書かれているのを見つけたが、私の目はかすみ、すでに頭は痺れていた。 それでも辛うじて文字は目に映るがしかし、文字が理解できなかった・・・どこの言葉だ?
少しだけなら・・・、ちょっとだけなら・・・ ああ、ダメだ、私の心が壊れていく。 私は悪魔の誘惑に導かれるまま、窓に手をかけ、中を覗き見る。
そこには只、薄明かりに漂う雅な香りだけが。 その景色は孤高にして甘美、切なく、優美にして刹那な世界ーーーなにか禅さえも感じさせる、虚無の空間。
ああ、理性が崩壊する。 私は衝動的に窓枠へ足をかけ、部屋の中へと飛び込んだ。 だが次の瞬間、私は凍りついた。 体が全く動かない。
薄明かりの中、動かない体にパニクりながら私は、悪魔の窓枠に書かれていた文字を思い出していた。
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