「ここでテレビの撮影をしたいんだけど?」
「OK。 じゃ、場所を開けるよ」
「いや、退かなくても構わない」
巨大な図書館を持つ修道院とそれを取り囲む旧市街が美しいスイスのザンクト・ガレン。 路上が一年で最も忙しくなるクリスマスシーズンに合わせ俺はギリシャからこの町に出稼ぎに来た。 朝九時に旧市街のポリスステーションに顔を出し、TAXの先払いをしバスキング許可証を貰って五時間ほどフルートの路上演奏をする。 クリスマスシーズンの街は高揚感に包まれ、しかも人々はこの時期ある種のホスピタリティをも膨らませ俺の商売も大繁盛。 一日に150ドル以上の稼ぎとなりホテル代などの経費50ドルを払っても笑顔が溢れる。
ザンクト・ガレンは今日で四日目となるが予想以上の結果に心は大いに寛大、ランチ休憩にで行こうかと片付け始めるがどうやら俺の撮影許可を求めているようだ。
「三十分ほど付き合って欲しい。 もちろん謝礼はする、100フランではどうか?」
三十分で100フランと聞いて、たとえ空腹だろうが寒かろうが断る理由は見つからない。
彼らはスイスのイタリア語ローカルテレビ局だという。 スイスでイタリア語TVとは驚いたが、考えてみればドイツ語にフランス語そして少数ながらイタリア語とロマンシュ語が公用語となっているスイス、イタリア語のテレビ局があって当然か。 それと思うにスイス人の音楽演奏に対する敬意とイタリア系の気前良さなのか、三十分100フランとは何とも超ラッキーは日となった。
「君のバスキングを背景にリポーターの絵を撮りたいので、普段通りに演奏してもらえればOKだ」
「分かった、いつもどうりのバスキングといういことで」
千年以上の歴史を持つ修道院に美しい街並みの旧市街、ザンクト・ガレンのクリスマスにTV局が取材に来るのも頷ける。 イタリア系の可愛い女性レポーター、バスカーが立つ旧市街の街並みにフルートの響き・・・俺が言うのも何だが、確かに絵になる。 ディレクターの要求は俺の普段のバスキング、そして金を貰うからには俺はキッチリと仕事をする。
そう、俺はカメラや可愛いレポータの存在を完全に無視し、何時ものバスキングに徹する。 カップにチップを入れてくてた通行人には会釈でホスピタリティに敬意を表し、笑顔を見せてくれれば演奏中であろうが軽く手を振ったり全身で喜んだりと何かと動きが多い。 結果、俺にNGが出た。 どうやらディレクターはクールな絵が欲しいらしい。 100フラン貰っている俺はもちろん彼の要求に即対応、クールなバスカーを演じて撮影は無事終了。 翌日にオンエアーされるというのでチャンネルと時間を聞いて笑顔で解散、めでたしめでたし!
エキストラの収入で出稼ぎ労働者から少しだけ旅行気分となった俺はザンクト・ガレン近郊の町に収支度外視でバスキングに行ってみたりと。 そして街がまったくのゴーストタウンと化すクリスマス25日には、もしかしたら友達の女の子がスペインから帰って来ているかと思いオーストリィ、ウインーンに移動するが、残念。
それでもニューイヤー・イブの31日までウイーンの路上でフルートを吹く気まぐれバスキング、楽しい冬のヨーロッパ出稼ぎの旅・・・黄色のカップにコインが投げ込まれ、チャリ〜ンと心地良い音が路上に響く。