冬が終わり春の訪れに誘われ動物や虫たちが動き始めるのと同じように俺も冬籠から目覚めたーーーそういう言い方もあるが、事実は冬の間ルームシェアをしていた友人が待ち望んだ春とともに旅に出るということで、俺は寝床を失った。 ホテル住まいも考えてみたが仕事上の問題から避けたいと、しかし春の浮ついた気分のせいか新しくアパートを借りる気にもなれなかった。
で、居候先を探してみようと辺りを見回すと意外にも見つかるものだ。 古い友達のイギリス人の女の子が最近ボーイフレンドと別れ、一軒家で暇にしているというので庭の離れに居候を頼んでみた。 彼女は俺の数少ない顧客の一人であることもあり、俺が電話代を持つということで話が成立した。 これまでの冬の寒さから逃れるための半地下の小さなアパートから、春の陽が降り注ぐ地上へと。 庭の離れの東家で独り住まい、しかも秘密にしたい俺の仕事を彼女には隠す必要もなくギリシャの春の気楽さを最高に楽しめそうだ。
しかし、冬の眠りから目覚めた春には色々と事件が起きるものなのか・・・
「トコマ、ちょっと問題よ」
「トラブルなんか起きそうもない天気だけど」
「今朝、郵便受けに奇妙な手紙が入ってたの」
送り主が直接入れたと思われる手紙にはこの家の人の出入りをスキャンダルとし書かれ、ある種のブラックメールになっていた。 そしてその内容から彼女の元彼が送り主だと見当は付いた。 他人のプライバシーには関与しないのが俺の信条だが、仕事の関係上シカトするわけにもいかなかった。
「ジェニー、とりあえず俺はクレタに二週間ほど行ってくる」
「分かったわ。 私はヨルゴに事情を説明して、それからミコノスにでも行くわ」
「それがベストだろうな」
「そうね、じゃぁ二週間後に」
こんな事情で突然のバケーション、世間のイースターホリディと重なったが勝手知ったるクレタは港ハーニア、オールドベネチアンポート沿いに宿を確保した。 港を眺めながめられるオープンカフェでの朝食、それからスモークと港の散歩、そして夜には気まぐれバスキングにビールというオールドベネチアンポートに住み着いたような怠惰な二週間。 もう大丈夫だろうと思いながらアテネに戻ったのだが、そこには驚きが。
「トコマ、彼女はリナ。 ミラノに帰る飛行機待ちで数日ここに泊まるわ、ご接待をよろしくね」
「トコマです、よろしくリナ」
ジェニーがミコノスで友達になったというリナ、フライト前にアクロポリスや旧市街などの観光スポットを回りたいということで俺がガイドに指名された・・・相手は可愛いイタリア人の女の子、ジェニーに頼まれなくとも勝手に手を上げていただろう。
イースターホリディの観光客は消え、そしてシーズンの始まりの新鮮さを未だに残す街には初夏の陽射しが溢れる。 俺が思うにイースター明けのこの時期のギリシャは最高だと。 旧市街プラカに下町モナステラキからアテネの中央市場アゴラへと、パルテノン神殿にディオニソスの野外劇場から静かなヒロパポスの丘への散歩コース。 もちろん博物館巡りからリカビトスの丘へと足を伸ばし、そして夜に旧市街プラカへ戻ればトラディショナルなレストランから深夜のオープンカフェへと。 ミラノへのフライト前にアテネ観光をと考えていたリナのプライベートガイドとして全力御接待。
「ホント楽しい休日だったわ」
「リナ、これから夏が始まるんだよ」
「ええ、そうだったわ! ありがとうトコマ」