「冒険に行こう!」
「そうねえ、行こうか。 で、どこに行く?」
「アフリカに行こう!」
「良いかもね」
アテネでの怠惰な生活に飽きてきた俺が叫んで、数年前にエジプト、スーダンを数ヶ月ほど旅行したリマが賛同し話は決まった。
それは40年前の昔、1982年のこと。 そう、これは昔の話だから当然アフリカに行くのも昔の方法となる・・・そうです、ギリシャからアフリカに船で行くことになった。 アフリカ大陸に上陸してからはナイル川をヌビアン砂漠をサバンナをひたすらに南下し、アフリカの奥へ奥へと目指すは赤道の向こう側、南半球。 理由は簡単、行ったことがないから。 そして昔の冒険者達もきっと同じ思いでアフリカ冒険旅行へと駆り立てられたに違いない。
さて準備をと思ったが、とりあえずはパスポートとキャッシュさえあれば何とかなるはずだが・・・
パスポートはあるーーースタンプだらけだが余白は残っている。
キャッシュもあるーーー怠惰なテキ屋商売でもギリシャでは稼げた。
準備万端と思ったが、さすがに手ぶらでアフリカに行くのもと思い多少の着替えと寝袋をザックに押し込む。 とにかく重い荷物を背負って歩くのは苦手というよりも、嫌だ。
「準備は出来たぜ! さあ出発しよう、リマ」
「あら残念ねぇ。 泳いでエジプトまで行く気なの、トコマ」
そうです、エジプトまで行く船を探さなければならない。
さすがは大昔には海運大国だったギリシャ、今でもピレウス港からエジプトのアレキサンドリアに向けて週一便の船がある。 しかもガレー船でも帆船でも蒸気船でもなく巨大フェリーがロードス、キプロス経由の昔ながらの貿易航路を走るという。 きっと船でアフリカ大陸に向かう俺達にパルテノン神殿からアテナイが、スニオン岬からポセイドンが手を差し伸べてくれたのだろうと勝手に解釈する。
「船は見つけたぜ! さあリマ、行こうアフリカへ」
「ところで貴方のバイクはどうするの? パスポートにスタンプを押されているでしょう」
「あっ、忘れてた」
「売ったら?」
パルテノン神殿から女神アテナイが微笑み、俺の目の前にバイクでサハラ砂漠を縦断したいという日本人が現れた。 バイクの引き渡しにユーゴスラビアの国境までの往復という一手間で問題解決。
「さあキャッシュも増えたし、出発だ!」
「ところでトコマ、このアパートは?」
「明日解約しよう、それで問題なし!」
紆余屈折鈍足迷走、だが最終的には巨大フェリーのデッキから無事ピレウス港に別れの挨拶をする。 そうです、俺達はアレキサンドリアへと出航し、俺達のアフリカ冒険旅行が始まったのです。 しかしアフリカ冒険を思い付いてから巨大フェリーのデッキに辿り着くまでの全力鈍足迷走で俺は疲労困憊・・・そう、こういう時にはギリシャで怠惰な生活を送っていた自分を責めるよりも、バカンスで昨日の悪夢を忘れるのがギリシャの常識。 キプロスで途中下船し一週間のバカンス、紆余屈曲全力鈍足迷走の悪夢を島のビーチで洗い流すことにした。
キプロスはリマソールで途中下船した俺とリマは街には目もくれず、船着場で誘われた田舎のペンションへと直行。 そこは広い庭とオリーブの樹々に囲まれた素晴らしいロケーション、最高のバカンス宿だった。 きっとキプロスも女神アテナイのテリトリーなのだろうと思わせる、そんな極上のバカンスでアフリカ冒険旅行への準備は万端。 さあ、ポセイドンに促されアレキサンドリアに向けて再出航・・・アフリカではエジプトの王妃ネフェルティティが俺達に微笑んでくれることを願いながら。