「仕事があるけどギリシャに来ないか?」
「どんな仕事?」
「電話では詳しく話せないが、まとまった金が作れる」
去年の夏の終わりにギリシャで行き場のなくなったコニーを拾ってくれた男からだった。 その時のコニーは何をやっても上手くはいかず、そしてアテネの冬は辛く最終的にはウイーンに帰るしかなかった。 次の夏、カナリーアイランドで座礁したコニーは友達に頼んで電話番号をギリシャにいる男に届けてもらった。
「どうする、コニー?」
「でも今、ギリシャまでのチケットなんか買えないわ」
「大丈夫だ、チケットは送る」
「本当に?」
「ああ、明日にでも送るよ」
コニーは昨年の冬を思った時、再び男に会うことに迷った。 しかしあの別れから初めにコンタクトを取ったのは彼女自身であり、男がそれに応じた。 楽しいが何かが満たされないカナリーアイランドでの生活、コニーは男にコンタクトを取ることで何かが変わるだろうと感じた直感を信じることにした。
一週間後にアテネのエアポートに降り立ったコニーは赤いバラで彼女を迎える男を目にした。 彼女は驚き、目は喜びで輝いた。
男が始めたのはアンダーグラウンドビジネスだった。 コニーも以前はこの種の仕事に多少関わっていたこともあったが、今回は規模も大きくそのリスキーさも現実として肌に感じられた。 それでも彼女は仕事をこなし、自身の報酬を手にした。 そしてそんなある日・・・
「コニー、ブラジルに行って欲しい」
「えっ、なんで?」
「一番の夢だろう、コニー。 お前は俺のもっとも大切な人だ、だからブラジルに行って欲しい。 そして今なら行ける」
「一緒に行く?」
「いや、俺はギリシャに残る」
「この仕事を続けるの?」
「興味があるんでな」
「でも・・・」
「この仕事がリスキーなのは分かってる。 だからお前にはこれ以上関わって欲しくはないしな」
「多分、私は戻らないと思うわ」
「ああ、分かってるさ」
彼女はブラジル行きのチケットと男が愛用していたポケットナイフを渡された。 なぜコニーがカナリーアイランドからコンタクトしてきたのかを男は分かっていたのだろう。
彼女は男がコニーを愛し、そして同じだけ自由を愛していることが悲しかった。 だがコニー自身も彼女が男を愛し、同じぐらいに自由をも愛していることを知っていた。 そしてブラジルに飛ぶことを拒否しないからこそ、男に愛されていることも分かっていた。
「チケットをありがとう。 そのために私を呼んだのね」
「バラの花を渡したくて呼んだのさ、コニー」
男がタクシーを止めるのをコニーは無言で見つめていた。 止まったタクシーのドアを開けた男はコニーを押し込み、ドライバーに行き先を告げるとそのままドアを閉めた。 そして男は笑顔で軽く手を振るとそのまま背をむけ歩き始めた。 男がエアポートまで送ってくれると思っていたコニーは驚き、何も言えないままタクシーは走り始めた。 慌てて彼女が振り返った時にはすでに男の姿は見えなかった。