路上はワンダーランド

 スイスの山間の小さな町、立ち止まって俺のフルートを聴いていた女の子が曲が終わると拍手し、そして話しかけてきた。 バスキングで立ち止まり、まして拍手されることなど滅多にない俺は驚いた。

 「貴方のフルートはとても素晴らしいわ。 信じられないぐらい街角に溶け込んでいるのね」

 「ありがとう、そう言われると嬉しいよ」

 「余りにお天気が良くて、バスキングをしようかと思ってたけど止めとくわ」

 「俺はとりあえずは稼いだんで、この場所を譲るよ」

 「私もフルートだから、貴方の後には吹きたくないわ」

 「フルートとは珍しいね。 この町に住んでるの?」

 「違うわ、アイルランドからのピースウオークよ」

 「ユーゴスラビアの内戦?」

 「そうよ、アイルランドから九人で歩いているの、その途中なの」

 「アイルランドからか・・・、ここまで何日かかった?」

 「一ヶ月ぐらいね」

 「歩いてだろう、大変だな」

 「いや、とても楽しいわ。 路上がこんなに楽しいものだとは知らなかったわ」

 サーシャと名乗る女の子は町の外れでキャンプをしているピースウオークから街に一人出て来たという。 ピースウオークに参加する前はダブリンの街で時々バスカーにチップを渡すぐらいで路上とはまったく無関係な暮らしをしていたとか。 そんなある日ピースウオークの話を聞き、色々なことに行き詰まっていたサーシャは歩き始めた。 そして子供の頃に習っていたフルートをピースウオークで立ち寄った町の路上で再び吹き始めたという。

 「歩き始めて、世界が変わったわ。 最初は色々なことが、すべてが初めてだったので大変だったけど、すっかり慣れたわ。 そして今思っているのが、路上がとても素晴らしい場所だということよ。 今まで出会うことなんか絶対になかった人達に会って、話をして、そんな人達が私には想像も出来なかった世界を私の前に広げてくれて、私が知らなかった色々なことを教えてくれて、そう毎日私が生まれ変わっていくような、そんな素晴らしい毎日なの。 例えば、知らない町の道端でフルートを吹こうなんてピースウオークに出る前は想像も出来なかったわ。 でも今日は、お天気も良くて気分も最高だからバスキングをしようと思ったのよ。 そしたら今日は素晴らしいフルートの演奏を路上で聴けて、しかも演奏者とも話をすることが出来た。 そう、いつでも路上には素晴らしい驚きがあって、新しい出会いがいっぱいだわ」

 「俺もそう思うよ、路上がワンダーランドだと分かってくれて嬉しいよ、サーシャ」

 「今の私は貴方がなぜ路上で演奏して、その曲で何を言おうとしているかが分かるような気がする。 たぶん私が少しだけ路上のことが分かるようになったからだと思うの。 いつか私も貴方のようにフルートが吹けるようになりたいわ。 そしたら私のフルートを貴方に聞いて欲しいの」

 「サーシャ、その時はどこかでまた会えるさ。 路上にいる限り、世界中で道は繋がっているからね」

 「ええ、そうだわ。 ありがとう、トコマ」

 

 

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