1985年、春がまだ始まらないニューヨーク、マンハッタン。 まばらな人影の映画館で灯る蛍火は、マリファナジョイント。 スクリーンでは、ジミー・クリフがジャマイカの碧い海を背に、警官隊との銃撃戦ーーーそう、The Harder They Come.
映画が終わって、最初に思ったのは・・・そうだ、ジャマイカに行こう。
ハーレムで見つけた格安チケット。 ニューヨーク、ジャマイカ・モンテゴベイ往復が、なんと激安200ドル。 ジャマイカが俺を呼んでいる!
マンハッタン、Eトレインで向かうのは、灰色重く沈んだジャマイカ・ベイ。 そしてJFKから飛び立つ先はモンテゴベイ、マジ本物ジャマイカの碧い海。
The Harder They Come・・・憧れのジャマイカ!
空港から飛び出し、モンテゴベイの街。 そこには映画とまったく変わることのない混沌。 そしてなんとなく懐かしい、この雰囲気。 そうだ、アフリカだ。 だが何かが、少しだけ違う・・・、リズムだ! そう、ここはジャマイカ、レゲエのリズム。 街角のレコードショップからは、大音量のイエローマン。 街を行き交う人々が、通りを走るバスが、トラックが、ジャロピーが、街全体がレゲエのリズムで動いている。 原色の色彩、原色の鼓動、そして現実の The Harder They Come
しかし今回はバカンス、観光旅行。 深入りしたい衝動を抑え、心を落ち着かせる・・・で、行き先は島の西の端、ビーチリゾート。
モンテゴベイまでの飛行機で知り合った、大都会ニューヨークのヒッピー、カイに誘われ一緒に行くことになったネグリル。 街の雑踏をかいくぐり、市場のバスターミナルへと足を進める。
およそ半年間のニューヨーク、レストランでの仕事。 45丁目の安ホテルを九時に出て、ウオールストリートの店から九時に帰ってくる生活。 土日は休みとはいえ、こんなに働くのは六年ぶりか・・・しかも仕事場は、ビルの地下。 そんな毎日からの突然の青い空の下、喧騒と原色の雑踏をかき回すカリビアンの日差しに、排気ガスーーー俺の淀んだ頭が、錆びた体が生き返る。
ジャマイカの田舎をローカルバスで行く四時間半。 6キロ以上続くビーチの終わり、ビーチに点在するリゾートホテルで働くジャマイカンの住む町、ネグリル。 その町の中心、バスターミナルから離れた住宅街の外れ、丘の途中、緑に囲まれた小さなペンション・アンド・コテージ。
案内されたのは、まさかの気まぐれヒッピー理想の、バカンスコテージ。 庭先のバナナの横にはテーブルにチェアー、そしてハンモック。 朝の優雅なコーヒータイムに、昼下がりの怠惰なティータイムが必然のロケーション。
もちろん俺とリーマは、三週間の無計画ジャマイカバカンス観光旅行の宿として即決。 そして、このペンションを紹介してくれたカイ、飛び込みの俺たちを快く迎えてくれた女性オーナーに全身全霊で感謝を伝えた。 だが少しだけ残念だったのは、カイが数日でニューヨークに帰ってしまうことだった。
朝はスモークアンドコーヒーから始まり、ビーチの散歩。 近くのカフェレストランでのブランチ、ジャマイカンローカルフード。 庭のハンモックでは真昼のスモーキングコーヒーブレイク。 もちろん近くの観光スポットにも足を伸ばし、観光客を観光。 土産物屋のラスタファンと遊び、ノンオフシャルのガンジャ畑プレイベートツアー。 地元の雑貨屋パブでオジサン達から、ジャマイカン・イングリッシュでジャマイカの歴史の講義、そして乾杯。 リゾートホテルのプライベートビーチで始まる、深夜のレゲエコンサート。 仲良くなった宿のシェフと一緒に、彼の田舎への里帰り訪問。
風に任せた横着ジャマイカ観光バカンス旅行は、すべての時間が怠惰に流れるスローなレゲエ。 だから肌で感じる、ジャマイカンライフーーーだからこそ感じられる、レゲエのリズム。
If you really want, you can get it