ロイ・ロック・ロイ・ロンリー・ローリングの旅立ち

 「トコマ、我々は新しい棲家を見つけなければならない」

 最近のロイは愛読書のジェームズ・クラベルの “将軍” に影響されたのか奇妙な話し方をするようになった。

 俺がロイ・ロック・ロイ・ロンリー・ローリングと呼んでいるオランダ人オージーのジャンキー。 二ヶ月程前の俺の誕生日の朝に今住んでいるスクワットハウスの前で出会い、一週間後には俺の家に住み着いていたロイ。

 「ああ、フランクのブロックに空き家があるみたいで、気になっている」

 「あのブロックは長く住めそうだ、調べてみる価値はある」

 今住んでいるブロックは二ヶ月後にはリノベーションが始まることもあり完全に金属回収のターゲットになっていた。 三日前には地下室のガス配管が持ち去られたがその時に水道管を壊され地下室が水没し、水道を止めた。 都市ガスは使っていなかったので問題はなかったが、水が止まると生活が色々と不便になる。 リノベーション間近の建物でのこういうトラブルは多々あることで、ロイ自身もリノベーション間近の空き家から金属回収をしているので素直に諦める。 まあ新しい棲家をスクワットしてしまえば明るい未来が待っているし・・・

 オランダには管理されていない建物は勝手に住み着いても居住権が法的に保障されるという貧乏人には非常にありがたいルールがある。 それがスクワットハウスと呼ばれているのだが、電気もガスもお金さえ払えば使える。 ちなみに水道は最低限の生活権として止まることはなく無料、まあ地面が海面より低いオランダでは水が有り余っているのも確かだが。 とりあえずは屋根の下、電気ガスが無くとも水道が生きていればシャワーに洗濯そしてトイレが使え衛生的な生活は送れるーーー俺自身も数ヶ月間そんなスクワットハウスを転々としていたこともある。 しかしそれでもやはり電気、ガス、水道が使える生活は心をも豊かにしてくれる。

 ということで、早々に新しい棲家をスクワットすることに決めた。

 隣に人が住んでいる家のドアを表からいきなり蹴破るのはさすがに無謀ということで、深夜に同じブロックのフランクの家の屋根裏部屋から屋根伝いに目指す家の屋根裏部屋へと。 ドアの鍵を内側から解錠するのは空き家からの金属回収では屋根を動線とするロイが、そして俺はロイが開けたドアの鍵の付け替えに五千円ほどの新しい鍵を手に入れる。

 「ロイ、家の中が綺麗すぎないか? 住むために誰かが手を入れているような・・・」

 「すでに俺の汚い手形が白い壁に残ってしまった、ここが非常に気に入っている」

 「住んで様子を見てみよう、ダメなら違うところを探せば良いか」

 次の日から引っ越しを始め数日後には電力会社で前の家の契約を解除し同時に新しい家の契約をするーーー電力会社も煩わしいことは言わない、パスポートと金を払う意思さえ示せば笑顔で即日対応。 ガスは以前から使っている自前の携帯ガスコンロで必要十分。 そしてロイはこの家が非常に気に入ったようで色々な小物を路上から拾ってきては部屋に並べている。

 しかし二週間が過ぎ新しい家の快適な生活にすっかり慣れ親しんだ頃、内装業者がドアをノックし家の明け渡しを求めてきた。 もし即刻退去しなければ警察を呼び強制執行するという。 こうなっては不法滞在の俺としては両手を上げて降伏するしかない。

 「ロイ、この家はダメだ」

 「トコマが撤退を決めたなら、俺は従うだけだ」

 「次を探そう」

 「天命に従うだけだ」

 俺はフルートにタイプライターそして旅の必需品、ロイはハーモニカに愛読書の “将軍” だけを持ち静かに舵を切る。 そしてロイは二週間の新しい生活で何か感じるところがあっのだろう、これを機にフランスに行くと言い出したーーーおそらく彼はハードドラックに厳しいフランスでクリーンな体を取り戻そうと考えたのだろう。 オランダでハードドラックを切るのは非常に難しい。 俺たちの住んでいる地区には余計なトラブルを避けるために警察が黙認している二十四時間営業のハードドラック販売所さえあり、止めるのはほとんど不可能に近い。

 半年後、俺はロッテルダムの路上でロイに再開した。 彼はフランスで知り合った女の子とベルギーの田舎で暮らし、今はリハビリ中だと俺に告げベルギーに戻って行った。

 

 

 

 

 

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