北米カナダの片隅で、頑なにフランス人にも通じないフランス語を話しているカナダ人、ケベコワ。 旅行者の間では、”ケベコワに会ったら気をつけろ、ヤツらはクレイジー” と言われているケベコワ。 そんなケベコワに遭ったのはケニヤ、モンパサの安宿。 そして彼に誘われるまま、ローカルバスで半日ほど離れた白砂のビーチ側、キャンプサイトのバンガローに半月ほど滞在し、一緒に遊んだのだが・・・ その時に聞いた、とても奇妙な彼の旅話を書いてみようかと。
確かに、ケベコワは面白い。 ガンジャフリークの彼は、よくサバンナで野宿していたらしいーーー焚き火が消えかかり、ハイエナに足を取られそうになった事もあるとか。 取られなかっただけ、ラッキー・ケベコワ。
そんなケベコワが月明かりの下、いつものようのサバンナでの野宿。 ハイエナ避けの焚き火と、ガンジャの煙で霞んだ草原の向こう、巨大なバオバブの斜め後方に現れたのは銀色に輝く宇宙船。 月明かりのサバンナ、巨大なバオバブの木と銀色に輝く宇宙船ーーー絵になる。 さすがはガンジャフリークのケベコワ、言うことにリアリティがある。
宇宙船の大きさは、それなりに大きかったらしい。 まあ、スケール感が奇妙に狂った巨大バオバブと並んだ宇宙船、その大きさを正確に知るのは難しいだろう。 しかし見た目は、まさかの宇宙船。 銀色に輝いた、誰が見ても宇宙船としか言いようのない宇宙船。 我々が子供の頃から知っている宇宙船、あの形をした銀色に輝く宇宙船が現れた。
ガンジャフリークのケベコワ、さすがはケベコワ、こんなことでは驚かない。 ゆっくりとガンジャの煙を口から吐き出し、宇宙船に軽く手を振るが、しかし銀色の宇宙船は無反応。 多分、宇宙人にしても口から大量の煙を吐き出す、奇妙なケベコワには関わりたくないと思ったのだろう・・・私は、そう思ったのだが。
それにしても真夜中のサバンナ真っ只中、誰もいないのが常識。 その常識をくつがえされ動揺したのか、宇宙船はまったく動かなかった。 しかし何の驚きも見せず、静かに煙にまみれるケベコワを人畜無害と判断したのだろう、宇宙船は動きを見せた。
宇宙船の底から、わずかに光が漏れた。 それは静かに、静かに、あたかも何事も起きていないかのように。 それは、誰にも気づかれないことを願うかのように少しずつ、少しずつ、しかし確実にその光を強めた。 そして恐らく、宇宙人は覚悟を決めたのだろう、船底のハッチがいきなり開いた。 強烈なスポットライト、神々しい光の柱が宇宙船とサバンナの間に現れた。
さすがのケベコワもこれには驚いたーーー真夜中のサバンナで、突然ミットナイト・ダンスショーでも始まるのかと。
そしてケベコワは、ここで初めて悩んだーーーもし、踊り子さんが現れたらどうしよう。 拍手と指笛で迎えて良いものかと・・・かといって、何もせず黙って見ているのも心苦しい。 そして、さて踊り子さんの容姿はーーーあの宇宙船に乗っている宇宙人の美的センスとはどんなものなのか、そちらにも興味がそそられた。
わっ! 何かが降りてきた。
神々しい光の柱、スポットライトの中心を何かが、空中浮遊しながら静かに降りてくる。 強烈な逆光に浮かぶシルエットが。 神々しい何かが、降りてくる。
ケベコワは驚いた。 マジに驚いた。 真夜中のサバンナ、強烈なスポットライトを浴び、そこに現れたのは、牛。 何処からどう見ても、白黒模様のホルスタイン。 そしてその牛、否、宇宙飛行士が地球に降り立った第一声、そんな重々しさで発した声が、鳴き声が、”モォ〜!”
だが次の瞬間、ケベコワはもっと驚いた。 暗闇から一頭のライオンが飛び出し牛を、否、宇宙人を地面に引き倒した。 ケベコワがメッチャ驚いたぐらいなのだから、宇宙船の宇宙人はもっと、もっと驚いたに違いない。 あろうことか、宇宙船は船底のハッチを慌てて閉め、夜空の彼方に飛び去った。
それにしても仲間がライオンに喰われているのに、驚いて逃げ去るとは、なんて薄情な宇宙人だと、ケベコワは最後に話していた。
*
ケベコワは、ライオンに喰われたのは宇宙人だと思っているようだが、私は少し違う考えを持った。
あれは宇宙人ではなく、地球のホルスタイン牛だと思っている。 地球調査で滞在していた宇宙人が、退屈しのぎにホルスタイン牛を誘拐し、ペットとして飼っていた牛に違いないと。 そして任務が終わり連れて帰れないペットの牛を、宇宙人が捨て牛にしたのだと考えている。 まあ、地球人が結構やる事なので、地球調査の宇宙人が地球人を真似たとしても不思議ではないだろう。
しかし残念なことに、あの牛はライオンに食べられてしまったので、どっちが正しいかを証明できないのが悔やまれる。 それにしてもライオンがあの牛を襲ったお陰で、ライオンに喰われずに済んだケベコワ。 多分、ライオンは痩せたケベコワよりも、太ったホルスタインの方が食べがいがあると思ったのだろう。
Viva, ラッキー・ケベコワ!