旅とハーレー・デビットソン

 「俺は、旅に出る!」

 俺は今日、昼休みに会社の事務所で宣言した。 誰も俺を止めなかった・・・というより、事務所にいた全員が拍手喝采で、俺の退職を歓迎した。 ここ最近、会社は業績の下降が止まらず人が余っている。 それぞれが自分の生活を考えた時、俺の退職宣言を拍手喝采で称えて当然だろう。 俺としては、ある種の寂しさも感じるが・・・、まあ、慣れ親しんだ場所を離れる寂しさと考えよう。

 ということで、俺は旅に出ることになってしまった。

 俺は家財道具を整理し、アパートを解約し、ハーレー・デビットソンを買い、ハーレー・デビットソンにキャンプ道具を積み、ハーレー・デビットソンのセルモーターを回した。 ハーレー・デビットソンのエンジンの鼓動が、心地よく体に響く。 しかし、ここで大きな問題にぶつかった。

 今、俺は宣言通りに、旅に出ようとしている。 クラッチレバーを離せば、ハーレー・デビットソンのバカでかい車体は前へと動き出すだろうーーーしかし、何処へ?

 俺は修学旅行や会社仲間での宴会旅行、はとバス観光ツアーなら行ったことはあるが、旅というものをしたことがない。 早い話、”旅” とはどんなものか知らなかった。 で、頭に浮かんだのが、憧れのハーレー・デビットソンのポスター。 ”旅、それはハーレー・デビットソン” そう、旅といえばハーレー・デビットソン! そんな訳でハーレー・デビットソンを買い、旅に出ることになったのだが・・・俺は今、そのポスターに、旅の行き先が書いていなかったことに気付いた。

 まあ、旅といえば、向かうのは北だろう。 昔から歌の歌詞では、旅人は北へと向かうーーー北へ行こう!

 「で、えぇ〜と、北はどっちだ?」

 都会暮らしが長いと、どっちが北で、どっちが南かも分からなくなっている。

 確か、キャンプ道具の中にコンパスと地図が。 ハーレー・デビットソンのエンジンを止め、キャンプ道具をひっくり返し、コンパスと地図を捜し出す。 コンパスで北は分かった。 しかし地図を広げて、改めて気づいたーーー高校時代の大きな世界地図では、あまり役に立たないことが。 だが今は、日本の北は北海道だと分かっただけで十分だ。 とりあえず俺は、北海道に向かうことにした。

 暑い! 旅とは、なんて暑いんだ。 ハーレー・デビットソンで走り抜ける高速道路は、なんて暑さだーーー意識が遠のく。 確かに、今は夏だ。 そしてハーレー・デビットソンの旅とは、夏だ。 冬の旅は演歌の旅であって、ハーレー・デビットソンの旅ではない。 それにしても旅とは熱中症との戦いだとは、知らなかった。

 津軽海峡、夏景色! 素晴らしい、なんて素晴らしいんだ津軽海峡フェリーは。 デッキのベンチに寝転がっているだけで、涼やかな津軽海峡の風を切って進む。 そうだ、函館に着いたら、海鮮丼を食べよう。 ハーレー・デビットソンにはハンバーガーだと思い、サービスエリアでは毎回、ハンバーガーをコカコーラで流し込んでいたが、さすがに飽きた。

 北の大地、北海道! これこそが、旅だ。 俺がハーレー・デビットソンのポスターで憧れた、旅だ。 一本道が果てしなく続く、北の大地。 ハーレー・デビットソンの心震わせる鼓動が青い空に響く、広大な大地。 それ違うすべてのハーレー・デビットソンが手を挙げ挨拶していく北の大地、北海道。 全ての景色が、俺の憧れたポスターにシンクロする。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピィ〜〜〜! 

 いきなり警官が道路に飛び出し、大きな赤い旗を振っている。

 「危ねえだろうが!」

 「お兄さん、ちょっとスピードを出し過ぎちゃいましたねぇ。 こちらでサインしていただけますか?」

 「えっ、マジかよ!」

 「はいぃ〜、いちめいさまぁ〜、ごあんなぁ〜い!」

 でも、やっぱり北の大地、北海道! みんな旅人だ。 キャンプ場で会ったバイカー達が、俺の話を聞いて称賛する。

 「カッケーなぁ、アパート解約しちゃったんですか」

 「マジに、旅人何ですねぇ」

 「やっぱスゲーなぁ、ハーレー乗りは」

 「俺、マジ憧れちゃいますよ」

 俺が憧れた、あのハーレー・デビットソンのポスターは、やっぱり真実だった。 誰もが俺を本物の旅人として尊敬する。 もし不満があるとすれば、女の子にはあまり受けが良くないことぐらいかーーーそんな事は、大した事ではない。 俺は誰もが認める、ハーレー・デビットソンに跨る、本物の旅人なんだ。

 寒い! キャンプをしていた俺は、明け方の寒さで目を覚ました。 しかも外は雨。 テントの外を覗くが、他にテントは見えない。 九月中頃、 北海道の夏はすでに終わり、季節は秋そして冬へと。 多くのバイク乗りは、本州へと帰ったのだろう。 さて、どこへ行こうかーーーしかし外は冷たい雨、そして北海道は大きいが、島だった。 一本道を真っ直ぐ進んでも、その道は元の場所へと戻ってくる。 

 帰る家がない! 俺には帰る場所がない。 あるのは、終わりの見えない一本道・・・降りることのできない、一本道だけ。 そしてテントを打つ雨粒の音が、俺に孤独を教えてくれる。

 これが、旅か・・・

              *

 秋の北海道、私がキャンプ場で会った男から聞いた話です。

 おそらく彼は、私の生活の柄を知り、何かアドバイスが欲しかったのでしょう。 しかし私が彼に言ったのはーーー軽トラに乗り換えたら。 この言葉を聞いた彼の顔は寂しそうでしたが、彼もハーレーを手放さなくてはならないことを薄々気付いていたはずです。 

 そして私が思ったのは、これからが彼の本当の旅が始まりであり、いつか彼が本当の旅の素晴らしさ知るだろうと。 

 

 

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