初めてのオートバイ

 カーニバルが終わり、イースターまでのギリシャの短い春・・・街は冬眠から目覚め、バカンスシーズンへの準備に騒ついている。

 アテネの冬は意外と寒い。 そんな冬も終わり、初夏の日差しを浴びる気分は、最高。 気分最高につられて旧市街のマーケット、モナスティラキを友人と二人で散歩する。 真っ青な空の下、モナスティラキのロータリーの真ん中で見つけたのが、”For Sale” の札を下げた二台のオートバイ。

 オートバイを売っているのは、日本人カップルのようだ。

 ギリシャ人やロマがモナスティラキの路上で物を売っているのは普通だが、日本人が何かを売っているのは珍しい・・・それもオートバイだ。 もっとも私も、この辺りの路上でアクセサリーを売っているだが。

 とりあえず話を聞いてみる。

 日本からバイクをインド、カルカッタに送り、半年をかけてインド、パキスタン、イラン、トルコを走りギリシャに入国したのが数日前とか。 そして今、彼らは冒険旅行の終わりに、そのバイクを帰りのエアーチケットに変えようとしていた。

 そのバイクとはヤマハのXT250、一年前に発売されたばかりのニューモデル。 しかも8Lタンクが特注20Lタンクに交換された、トラベルバイク。 その上にヘルメットからレインウエアー、バイク旅行に必要な装備一式付き。

 「で、いくらで売るの?」

 「一台、300ドルです」

 「安いねぇ」

 「でも、色々と条件があるので・・・」

 当時のギリシャは国外から持ち込んだ車、バイクを売るには非常に面倒な国だった。 入国時にパスポートには車、バイクの持ち込みスタンプが押され、一緒に出国しなければ多額の税金を取られた。 しかも彼らのバイクにはATAカルネが発行されていた。 そうなると色々な条件というよりも、色々と厄介で面倒な話になってくる。

 まず、一緒にいた友人が買おうと言い出した。

 彼はアフリカ、コンゴリバーをカヌーで下り、アテネからロンドン経由で日本に帰る途中だった。 そんな彼はアテネ、ロンドンをバイクで移動しようと考えた。 ロンドンまでの飛行機代を考えた時、300ドルは非常に安い買い物となる・・・ロンドンに着いた時点で彼は、およそ100ドルでこのトラベルバイクが手に入ったことになる。

 「俺が一台買って、もう一台余ってるけど・・・、どうする?」

 「えっ、じゃぁ、私がもう一台を買います・・・そういうことで」

 「わっ、二台とも買ってくれるんですか!」

 「もう一台が、まったく別の人に売れても面倒でしょうが」

 私にしても、これから始まるギリシャのバカンスシーズン、バイクが一台あるとメッチャ楽しめる。 もっとも私は、今までバイクに乗ったこともなければ、もちろんライセンスなど持っていなかったのだが。 まあ、何とかなるだろう・・・そう、ここはギリシャだ。

 話は決まったということで、話を詰めるために場所を移動することになった。

 「じゃぁ、乗ってみます?」

 「たぶん無理です。 バイクには、一度も乗ったことがないので」

 バイクのエンジンの掛け方さえ知らなかった私。 さすがに多くの車、人が行き交うマーケット街を通り抜け、観光客が溢れる旧市街の路地を走るのは無茶だろうと、断った。 これには売り手も驚いたようだった。

 「はぁ・・・?」

 「買ってしまえば、何とかなるでしょう」

 「確かに・・・」

 さて、バイク引き渡しの算段となるのだがーーー最もシンプルにして、且つ確実な方法はギリシャとノースマケドニア(当時のユーゴスラビア)との国境での引き渡しになる。 売り手がバイクと一緒にギリシャを出国し、買い手がそのバイクでユーゴスラビアに入国し、翌日にギリシャに再入国する・・・ちなみに、当日ギリシャに再入国してギリシャのギリシャ出国を取り消された事がある。

 だがそれでもATAカルネの問題がある。 売り手はカルネのデポジットを返してもらうために、カルネが必要となる。 そうすると買い手に渡ったバイクに、書類がなくなってしまう。 だが買い手がバイクの所有者であることを証明する書類は必要となる。 で、思いついたのが、アテネ大使館にバイクの譲渡証明書を発行してもらうという解決策・・・そして、大使館は意外と簡単に作ってくれた。 

 そして最後に残った最大の問題、それは私がバイクに乗ったことがないということ。 果たしてまったくのバイク未経験者が国境のど真ん中で、いきなり250ccのバイクを走らせられるか・・・自転車なら乗れますけど。 さすがに無茶な私でも、首を傾げた。 そして一同、同じく首を傾げた。 ということで、私は半日のバイク教習時間をもらい、エンジンの掛け方、ギヤーチェンジの方法、クラッチの使い方、そして一番重要なブレーキレバー、ブレーキペダルが何処にあるかのかを教えてもらい、私を含めて全員が首を縦にふり、これで全ての問題が解決。

 後は、行動あるのみ!

 それで首尾はどうだったかといえばーーーバイクのタイヤを交換した方が良いだろうということで、タイヤ捜しに私もミラノまで行くことになった。 国境からバルカン半島、ユーゴスラビアを抜け、ミラノまで二泊三日のバイク二人旅。 そしてミラノで友人と別れ、イタリアを南下しアテネまでのバイク一人旅。 大したトラブルもなく、アテネ到着。 まあトラブルといえば、ミラノのヤマハディーラーでもタイヤが見つからなかったこと、そしてイタリア、バリではフェリー待ちのために大きな庭付き、石作りの廃屋で優雅な三日間を過ごしたことぐらいか。

 ところで往復3,000キロ、私もアテネに着く頃には普通にバイクに乗れるようになっていました。 やはり無茶をするのは、面白い。

 

 

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