アムステルダムの運河沿い、ごく一般的な住宅街のアパートの一室。 イギリス人から仕事としての1キロ、そしてプライベート用の30グラムプレート4枚を受け取る。 ビジネス品と自分用では値段に四倍近くの開きがあるが、それだけのクオリティーの違いは確かにある。 まあプライベート用にハイクオリティーな物を卸値で買うためにこの仕事、運び屋を引き受けているようなものだ。
彼らイングリッシュコネクションの卸業者は、毎月ギリシャから飛んでくる私のことを “Kamikaze” と呼んでいる。 確かにマトを得たネーミングだと思うし、私としても普段使っている呼び名ではなく、違う名前を使われた方が助かるーーー何処で名前が漏れるか分からない世界だ。 そして、それは必ずトラブルを呼び込む。
アテナからオリンピックエアーでベルギー、ブリュッセルに飛び、ブリュッセルからインターシティでアムステルダム往復。 パスポートにはベルギー、ギリシャのスタンプは残るがオランダ入国の記録はまったく残らない。 見かけはベルギー、ギリシャを往復しただけになる。 そしてギリシャ入国はイミグレーション、カスタムチェックが甘いオリンピックエアー専用の第二ターミナルがベストとなる。 それでも最大限の警戒は絶対条件、加えて完璧な演技が仕事をパーフェクトに仕上げる。
どうしても不審人物に見られがちな私としては、アムステルダムのホテルを出た時から、まったくの別人を演じることでトラブルを未然に防ぐことにしている。 素でいると、イミグレーションやカスタムの質問攻めに会うことも多く、とにかくオフィサーの注意を引くようだ。
過去の経験から、基本となるキャラクターは決まっている。 少し野暮な服装をした、人畜無害無色透明な日本人バックパッカー。 何といってもこのルックスがイミグレーション、カスタム通過には最高だ。 とはいっても、役を完璧に演じるーーーこれが、全てを決める。
さて、細かい役作りだが・・・
明日のカミカゼフライトは、昼過ぎのブリュッセル発のオリンピックエアー。 朝八時のインターシティでアムステルダムを出発することになる。 これは毎回同じというわけでもなく、今回は航空会社、時間ともにベストと言っていいだろう。 しかしいくらイージーなコンディションだろうが、初めからの決め打ちは突発的なアクシデントを起こすことがある。 まあ気分と流れでキャラクターの性格、演技の濃淡は決まっていくだろう。 結局は、一瞬の状況判断で変えていくことが、究極のサバイバルにつながる。
早朝、アムステルダムのホテルをチェクアウト。 体に1キロと少しの品物を巻きつけ、タイトに締め上げてある。 多少、いや実際は随分と窮屈だが八時間ほどの辛抱だ。 頼めばバッグに仕込んでくれるが、一度使ってみて私には向かない仕様だと感じた。
インターシティは快調、私服のイミグレーション、カスタムも見当たらない。
ブリュッセルエアポートも快調! イミグレーション、カスタムに完全無視され、フリーパス状態。 さすがは、人畜無害無色透明日本人パワー。
笑顔でオリンピックエアーのキャビンアテンダントに挨拶し、座席に着くも機内食は丁重にお断り。 腹部をサラシでガッチリと固めているので食べられない。 ソフトドリンクだけを貰って、笑顔で “Thanks”
さて、ギリシャ到着。
ここからが、マジ本番。 絶対にスポットライトを浴びてはいけない、自身の明日をかけた舞台が始まる。
すべてが快調、イミグレーションは大騒ぎのギリシャ人に紛れてメクラ判。
しかし、余りに快調すぎて退屈してきた。 ここまで役を完璧に演じているという演技者としての自負、そして少しだけはスポットライトを浴びたいという、表現者としてのエゴ。 そう、演じているキャラに、少しだけ色を加えてみようと思い始めた。 預かり手荷物を待ちながら考えたのが、”初めての海外旅行でエアポートにまったく不慣れな、日本人バックパッカー” そんな色合い。
さ、どう表現する?
多少の不安と緊張、そして困惑の表情を顔に浮かべ、辺りを見回し考え込む。 どちらに行っていいのか分からず、ウロウロする。 初めての海外旅行、それも一人旅の日本人を表現しながらカスタムを通り過ぎようとしたがーーーなっ、なんと、カスタムに呼び止められた。
全くの想定外!
体には1キロと少しの品物を巻き付けてはいるが、小さめのバックパックには定番の旅行グッズ、多少の着替えぐらいしか入っていない。 荷物をひっくり返されようが問題ない。 そして余程のことがない限り、ボディーチェクはされない。
困惑した表情で、言葉がまったく分からないフリをし、赤いパスポート見せながらオフィサーの本気度を探る。 感触としては、オフサーは直感が外れたという感じだ。 多分、私の少し落ち着きなない態度が目に止まり、呼び止めたのだろう。 しかしどう見ても、反応も雰囲気もパスポートも外国旅行に不慣れな、人畜無害な日本人。
明らかにオフィサーの態度が、なおざりになってきた。 呼び止めた手前、暇つぶしに日本人のバックパックの中身でも見てみようかと、そんな態度だ。
だが私はバックパックに手を突っ込み、焦った。
不審な物は何も入っていないと思っていたが、バックパックの底でシガレットペーパーが手に触れた。 シガレットペーパー、それ自体は問題ないが、演じているキャラクターとシガレットペーパーはいたって不釣り合いだ。
オフィサーには、見せたくない。
何とかしたい。
上着、着替え、洗濯物、洗面道具、本などの一般的な旅行グッズをひとつずつ、面倒くさそうに取り出しゆっくりとテーブルに並べ時間を稼ぐ・・・その間に、シガレットペーパーを隠す方法とタイミング、そのチャンスを探る。
その時、奇跡が舞い降りた。
カートに山ほどの荷物を積み上げたギリシャ人のオバサンが、カスタムチェックを受けている私の横を強引にすり抜けようとした。 そんなマリア様の様子を見たオフィサーは突如、職務の使命感に燃えたようだ。 彼は私を邪魔者扱いし、無造作にテーブルから追い払う。
私は唐突に、完全解放ーーー奇跡のオバサン、慈悲のマリア様、ウゾドデカ万歳!
役者 ”Kamimaze” としては、絶対に許しがいた余計な演技。 余計どころかカスタム通過というミッションを考えた時、絶対に避けなければならない真逆な演技。 表現者としての驕り、そして慣れからくるプライオリティの欠如がもたらしたトラブル。 でも、反省はするが後悔はしない Kamikaze・・・Viva Elliniki!!!!!!!