アニー

 「仕事ない?」

 久しぶりに訪ねてきたアニーだが、私の顔を見て最初に発した言葉だった。

 「金が無いのか?」

 「無いわ。 明日のホテル代が、無いの」

 旧市街モナスティラキの路上で知り合ったイギリス人のアニー。 二十歳を少し越えたぐらいの女の子だが、パワーがある。 夏に一人、初めてのギリシャに長距離バスでバカンスに来たのだが、そのまま港ピレウスに居着いてしまったという。 時々私の家に来ては勝手に料理をし、食べていく。 どうも私の家を、自分の実家だと思っているようだ。

 彼女は金を借りに来たのではなく、仕事を尋ねたので私はアニーに仕事を作る。

 「一緒にバスキングをするか?」

 「えっ、私が歌うの?」

 「歌が上手いとは思えないが」

 「じゃ、何をするの?」

 「金集めなら出来るだろう、アニー」

 「カフェで?」

 「ホテル代が必要なんだろう。 カフェは時間がかかりすぎる」

 「じゃ、でこで?」

 「地下鉄だ。 地下鉄は確実で早い。 上がりの半分を渡すから、ホテル代にはなるはずだ」

 アテネ市街を抜けピレウスまで走る、ギリシャ唯一の地下鉄。 だがアテネの中心部以外、そのほとんどは地上を走る地下鉄。 お陰で地上を走っている間は、社内の騒音も少なくフルートバスカーとしては仕事がやり易い。

 駅から駅の五分間に、ひと車両で演奏し金を集める。 停車中に車両を移動し、同じことを繰り返す。 そして全車両を終えたら電車を降り、引き返しの電車を待つ。 その繰り返しだが五分の演奏で金が集まり、乗客も変わる。 カフェよりも効率がよく、路上を思えば悪徳霊感商売とも思えるような高効率だが、どうもある種の悪罪感を伴う・・・まあ、それは私の弱さだろう。 そのためか、私は滅多に地下鉄バスキングをしないが、今日はそいう事は言わない。

 アニーに金を集め始める合図、集め方などを教えながらモナスティラキの地下鉄青空ホームで地下鉄を待った。

 車両がトンネルを抜け、ホームに入ってきた。

 「行くぜ、アニー」

 「なんか緊張するわ」

 「マジか、アニー」

 思わず笑ってしまった。 しかし私が笑ったことで、アニーの緊張が解けたようだ。

 私がフルートを吹こうとすると、アニーは可愛らしく宮廷風のお辞儀をした・・・さすがは、イギリスの女の子。 一瞬にして車両内の緊張が解け、そこにフルートのソロ演奏が流れる。 私が一人で地下鉄バスキングをするよりも格段に反応が良い。 Good job, Anny!

 「アニー、これで何とかなるだろう」

 集まった金の半分をアニーに渡す。

 「これだけあれば十分よ、トコマ。 ありがとう」

 アニーは私の頬にキスをし、跳ねるように観光客が行き交う旧市街の雑踏に消えて行った。

 

 

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