「俺はウオルフだ。 だいぶ待ったんじゃないか?」
「ありがとう、ウオルフ。 トコマと呼んでくれ。 ああ、四時間ほど待ったよ」
「悪いがその見かけじゃ、なかなか止まらんだろうな」
ハイウエーの入り口でのヒッチハイク、奇妙な見かけの東洋人を拾ってくれたのはオーストリー人のウオルフ。 彼も旅行が好きでヒッチハイクもし、時々走る長距離ではヒッチハイカーを拾い旅話を楽しむという。 何度かギリシャにも行ったことがあるという彼とは話が弾んだ。
快調にハイウエーを走り、距離もずいぶんと進んだ。 目的地手前でウオルフとは別れることになるが、彼のおかげで諦めていた今日中の到着が何とかなりそうだ。
「空模様が少し変わってきたな、ラジオで確認しよう」
ヒッチハイクを始めた時には晴れていた空を雲が覆い始めた。 雨のヒッチハイクは最悪だが、そんな日もあるのが現実だ。
「雨になるようだったら、グランツまで送るよ」
「ありがとう、ウオルフ。 でもブルックの駅で降ろしてもらえれば、後は電車を使うさ」
「気にするな、俺達はすでに友達だろうが」
「そうさ、だから気をつかうのさ。 友達は大切にしなきゃと思ってるからさ」
「そういう言い方もあるのか。 ところでトコマ、雨の時なんかは特に思うんだが、旅を止めようと思ったことはないのか?」
「ないこともないさ。 晴れの日は最高さ、でも雨の日はやはり辛い」
「俺なんかは何時でも帰る場所がある。 嫌になったら帰れば済むことだが、アンタはそうはいかないだろう?」
「ああ、そういう時は諦めるだけさ」
「諦める?」
「そうさ、晴れの日もあれば雨の降る日もあるって、諦めるのさ」
「そういうのをゼンと呼ぶのか?」
「ゼン?」
「ゼンとモーターサイクルメンテナンス、知ってるだろう」
「ああ、禅のことか。 禅かどうかは分からないが、気づいたのさ・・・諦めることで、気分が楽になるってことが。 昔に一度、旅を止めて落ち着こうと思ったことがあったが、ダメだった。 その時に気づいたのさ、諦めてしまえばいいってさ」
「瞑想でもしたのか、トコマ?」
「いや、泥酔している時だった」
「そうか、酔拳か」
「酔拳? 泥酔しながら思いついたから似たようなものか。 落ち着ことして思ったのは、落ち着くということがひたすらに辛いということだった。 一晩中道端で寒さに震えているよりも辛いと思った。 あまりの辛さに泥酔の毎日を過ごし、そして俺に落ち着くなんてことは無理だということが分かった。 で、辛い道を選択する必要なんてない、初めからギブアップして選択肢から外してしまう。 最初から諦めていれば、心穏やかに寒さに震えながら朝を待つことが出来るわけだ。 そう思わないか、ウオルフ」
「旅が一生続くわけか、クールだな」
「いや、そうとは限らないぜ。 旅に飽きたら話は別だ。 飽きたら止めるよ、それだけのことだ」
「飽きたら止めるのか・・・、止めてどうするんだ?」
「何だっていい、面白そうな事を始めるさ。 それはその時に考えればいいだろうし、もし明日旅以上に楽しい事が見つかったら、俺は旅を止めるかも知れないぜ。 それでいいんじゃないのか」
いつ雨になってもおかしくない空模様。 ヒッチハイクにこだわる気もないので、俺はブルックの駅まで送ってもらい、後は電車でグランツに向かうことにした。 とにかく今日のヒッチハイクは雨にも濡れず、ウオルフとも会えたーーーこれが旅の一期一会の楽しさだろう。