メキシコに行こう!
冬のアテネは寒い。 どのくらい寒いかというと東京の冬ぐらいに寒い・・・という訳で、避寒に中米メキシコに行くことにした。 メキシコに行くならばスペイン語会話集のページをめくろうとも思わないでもないが、オールドフリークはそれよりもカーロス・カスタネダを読み返す。
そんな時に、友人が面白い話を持ってきた。
「アムステルダムでアシッドが安く手に入るけど?」
「いくらで?」
「千錠で千ドル。 安いだろう、トコマ」
「いいねえ」
「ダチが趣味で作ってるんでね。 試したけど、素晴らしかった」
そんな話を聞かされれば、当然のように食いつくのがオールドフリーク。 その場に居合わせた五人が一錠二ドル、それぞれが百錠ずつ買うことで話はまとまったーーー持ち込む本人は仕入れ代を回収し、手元に五百錠残ることに大満足。
持ち込まれたアシッドはいかにもハンドメイドという感じで、一錠がゴマ粒ほどの大きさ。 しかしそのクオリティーは、さすがは趣味のプライベーターが作るだけあって一級品。 それにしても小さいことはそれだけで素晴らしい。 百錠でも小指のひと関節ほどの量にしかならないので、何処にでも簡単に隠せる。
マッシュルーム、サボテン大国のメキシコにケミカル持参で行くのはどうかと思うが、俺はオールドフリークであってオーガニックナチュラリストヒッピーではない。 それよりも汚れたパスポートでのアメリカ入国のほうが気にかかる。
ギリシャからメキシコへはニューヨークへ飛び、バスでメキシコ国境へと向かうのが当時の最安値。 しかも一緒にニューヨークへ飛ぶ友人が、ブルックリンに住む知人のアパートに泊まれるという。 そう、先ずは真冬の極寒ニューヨークから始まるメキシコ避寒旅行。
さあ、アメリカ入国! 軽く挨拶をし、笑顔でパスポートをイミグレーションオフィサーに差し出す。
「アメリカへは?」
「観光です」
「所持金は?」
「四千ドルです」
俺は千ドルのキャッシュと使えない三千ドル分のトラベラーズチェックをオフィサーに見せる。 盗難届が出されている自分名義のトラベラーズチェック・・・いわば入国時に見せるだけの、見せ金だ。
見せ金の力で、イミグレーション無事通過!
そして残るはカスタムチェックーーーとにかく仕掛けは完璧。 しかし見渡せば移民の玄関口としてのニューヨークの伝統なのか乱雑、猥雑という言葉が似合う雑踏に飲み込まれたカスタムカウンター。 そういう雑踏に紛れ込むのを得意とする俺は、すんなりと景色の一部に溶け込みフリーパス。 そして真冬のニューヨークに移民のごとく上陸、日差し溢れるメキシコへ向かう俺を迎えてくれたのは摩天楼を背にした墓地の風景。 それはメメント・モリ・・・