アテネ市内の高級アパートにハウスキーパーとして住んではいるが、何もしない。
ハウスキーパーと呼ばれてはいるが、本当のところは緊急事態に備えたレスキュー要員として常駐している。 だから何もしないが、気ままにアムステルダムやエーゲ海の島などに遊びに行く我儘放題勝手放題しながらの二年余り。
そして緊急事態が!
家主がスイスに引っ越すという緊急事態が発生・・・で、私の出番となった。
この種の緊急事態に最も重要となるのが、現金。 ということで緊急事態に備えたレスキュー要員として私が家主の資金繰りを手伝うことになった。 早い話、家主の手持ちキャッシュを増やすのが私の仕事。
以前私が使っていたコネクション、アムステルダムのイギリス人仕入れ先とアテネのフランス人買取人に連絡を取り、昔と何も変わっていないことを確認する。 そう、ハウスキーパー以前の私は裏ビジネスのディラー。
「サラ、アンタが飛びたいって?」
「ええ、そうよ。 ダメかしら?」
「ということは、ルカも一緒ということに?」
「もちろんよ、トコマ」
家主自身がアムステルダムに飛びたいという、しかも2歳の男の子を連れて。
サラとは古い知り合い、私がハウスキーパー以前に何をしていたかを知っている。 最近は子育てなどに忙しかった彼女はこのタイミングをチャンスと考え、資金繰りを兼ねてエキサイティングなバカンスに行きたいようだ。 私が拒否しないことを見越して彼女がこの話を持ち出してきたことは容易に想像がつく。
「悪くないかもな、サラ」
「でしょう。 幼児連れだとフリーパスよ」
確かにサラの言うとおりだ。 幼児連れの若い女性がトラフィッカーとは誰も思わないだろうーーーしかも彼女はとてもイノセントなルックスをしている。 そしてこの手のスリルを楽しんでしまうのもサラだ。
「分かった、三日後のフライトはどうだ?」
「素晴らしいわ! ありがとう、トコマ」
いつもは二泊三日のフライトプランだが、今回は彼女のために三泊四日のプランを組んだ。 これならばサラは丸一日アムステルダムでルカとのバカンスを楽しめるはずだ。 そして今回のフライトに私は一抹の不安も感じなかった・・・これは私がこの仕事で一番大切にしていることだった。
三日後に彼女はルカと一緒にブリュッセルに飛び、インターシティーでアムステルダムへと。 そしてアムステルダムの休日を楽しんだサラは、笑顔でアテネに帰ってきた。
私は彼女が運んだ商品をすべてスーパーのレジ袋に入れ、古い友人のジャンに会いに行く。 彼は久しぶりの私とのビジネスにキャッシュを積んで、満面の笑顔で迎えてくれた。 レジ袋とキャッシュ、そして笑顔と近況を交換しる。
受け取ったキャッシュ全額、コーディネートのコミッションは一切取らずにすべてをサラに渡す。 まあこれが緊急事態に備えたハウスキーパーの仕事であり、これで高級アパートに二年余り気ままな居候をさせてくれたサラへの借りも返せただろう。 さあ、これで自由だ!
さて、次は何処で何をしようか・・・