アビブとジャンベ

 「ハイ、トコマ」

 「ハイ、アビブ。 元気だったか?」

 いつものカフェにアビブが久しぶりに姿を表した。 肩からジャンベを下げているのをみるとバスキングに来たらしい。

 「講師の仕事の金が入ったので遊んでたよ」

 ジャンベでバスキングをしているセネガル人のアビブ。 彼のジャンベは非常に素晴らしく、頼まれてロッテルダムの音楽院で時々アフリカン・パーカッションの実技講師をしている。 アビブと彼の生徒達、そして俺のフルートで何度か一緒にバスキングをしたこともあるが、メッチャ楽しかった。

 「まあ、そんなところだと思ってたよ」

 彼は久々に俺と会ったお祝いなのだろう、二枚のビッグペーパーを使った巨大なジョイント、ラスタファリアンバズーカを作り俺に点火させた。 彼とは相性が良く、ジャンベとフルートのディオバンドとして仕事を捜した時もあった。 だがスモークフリークのアビブは多少まとまった金が入ると姿を消す癖があり話は立ち消えとなっていた。

 「なあアビブ、久々に一緒にプレーしないか?」

 「いいぜ、トコマ」

 そう言いながらアビブは二本目の巨大バズーカを巻き始めた。 最初の一本は俺専用のようだーーーこれは彼が久々の友達に会えた嬉しさの表現になる。

 ディオとして一緒に演奏すると、それぞれが一人でバスキングする時の倍額のチップにはならない・・・だいたい五割増しぐらいか。 バスカーとして生活している俺達は今日のチップが今日の生活になるため、一緒にプレーするのは気が向いた時だけになる。

 二本の巨大ラスタファリアンバズーカで霞むカフェの店内、いつもより長めのバスキング前の時間を過ごす。 だが特に演奏の打ち合わせをするわけでもなく、久々の再会を喜びジョイントを交換しながら何をするでもなくグダグダと時間を潰しているだけだ。 気ままなバスカー、気にするものは何もない。

 「アビブ、そろそろ行こうぜ」

 声をかけないと、このままカフェで一日が終わってしまいそうなアビブだ。

 街はすでに朝の風は去り、昼の賑わいを見せ始めていた。 今日は天気が良いこともあり、メインスポットにはすでにバスカーが立っている。 しかしアビブとのディオだと街のセンターを外れていようが、それなりにチップが入るので問題はない。

 俺達は雑踏から少し離れ、静かめなスポットを選ぶ。 ここは人通りは少ないが小さな広場に面し青い空が大きく開け自分達が演奏を楽しむには最高のロケーションになるだろう。

 アビブは路上に座り、口に咥えたジョイントからの煙が広場の風に漂う。 そして彼の小ぶりのジャンベからはゆったりとした大地のリズムが生まれる。 俺は目を閉じ、ジャンベのリズムに身をゆだねるーーーそれはアフリカ。 私の記憶に刻まれたアフリカが蘇る。

 「素晴らしいジャンベだな、アビブ」

 アビブは目で笑い、咥えたいたジョイントを俺に渡す。 俺は深く煙を吸い込みジョイントを返し、再び目を閉じる。

 それはゆったりと、そして静かにアフリカの大地を流れる風。 それは命の瑞々しさをまとう大地の息吹、そして命の熱さに揺らめく陽炎の繊細さ。 それは終わることのない命の繋がり、それは息づく大地。

 俺は打ち寄せる大地の鼓動に身をゆだね、波間に漂う木の葉のようにサバンナの風に舞う。 空へ空へと高く青い空へと昇り、風に舞いそして風と遊び直下に反転、急降下。 地面すれすれで跳ね上がり背面飛行で大地に指を軽く触れ、ゆっくりと大きな螺旋を描き再び青い空の高みへと。 大きく左へ旋回、そして大きな宙返り。 風を確かめ右へと静かにスライド、唐突に錐揉み垂直降下に反転宙返り。 それは青い風の気まぐれと踊る小さなバタスライのように・・・

 楽しい! それは青い空に漂い、風に舞うことの素晴らしさ。

 一時間ほどのバスキング・・・そう、俺達は十分に楽しんだ。 しかもチップは予想以上だった。 俺とアビブはカフェに戻り、ビールで喉を思いやりながら巨大ラスタファリアンバズーカでカフェの客を煙に捲きグダグダと閉店まで過ごすことになるのだがーーーだから、バスカー。

 

 

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