もしかして俺のこと?
知り合いがアテネの日本大使館から聞いた話として教えてくれたのだが、大使館にギリシャ警察から問い合わせがあったらしい。 名前などの詳細は不明だが、アテネに長期滞在している小柄で痩せた日本人を捜しているとか。
残念なことにビジネス上のトラブルから俺の噂を警察に流された可能性を否定できない。 だが幸いにも俺が日本人であること以外、誰も何も知らない。
ポリス絡みのトラブルは逃げるのが最善の手段であることはサバイバーの鉄則。 トラブルはこれまでに何度かあったが、何時もそうしてきた。 事実を確かめる暇などない、すぐに逃げるそして逃げ切る。 それが絶対的な最優先事項になる。 前回のちょっとしたトラブル、まったくの誤解で起きた恋愛トラブルが警察を巻き込み始めた時には、次の日にクレタ島へと逃げ三週間ほど遊んでいた。 だが今回はビジネスでのトラブルも抱えているので、ギリシャから脱出したほうが良さそうだ。
イタリアへの密航も冒険と考えた。 しかしコーディネートに時間がかかり過ぎ、それにも増してリスクが大きすぎ緊急性とのバランスが取れない。 向こうが分かっているのは、ウオンテットが小柄で痩せた日本人ということ以外は何も知らない。 そう、今回は堂々と真正面のナショナル・エアポートから出国しよう。
先ずはパスポートを新しくすることから始める。 ギリシャの出入国スタンプだらけの汚れたパスポートでの出国は不味いというより、墓穴を掘るようなものだ。
日本からの一般的な観光客のふりをしてパスポートの盗難届を出しに警察に向かうが、それにしてもトラブルは重なるものだ。 長年に渡って旧市街をうろついている俺の顔に見覚えがあるのか、所轄の警察署が大使館に提出する盗難証明書を出し渋った。 こういう時の大使館頼みーーー顔見知りの大使館職員に相談すると、彼は日本大使館としてクレームの電話を警察署に入れた。
瞬殺!
俺はすぐに警察署に引き返し、メチャクチャ渋い顔のポリスから盗難証明書を受け取り、その足で大使館に戻りお礼を言いつつパスポートの再発行手続きへ。
問題がひとつ解決した。
さて次は、どこへ飛ぶかだが・・・、このまま波風立てずに逃げるのも退屈だ。 ということで数ヶ月前に起きたイングリッシュコネクションとのトラブルの詳細を確認に、以前のビジネスパートナーでもあり仲の良いスコテッシュに会いにロンドンに飛ぶのも面白いだろう。 彼が何かを知っているかもしれないし、力技も辞さない彼に会うことが俺を売った相手へのプレッシャーにもなり得るのも確かだ。
そして俺の頭に浮かんだのが、最近知り合ったイギリス人の女の子。 会っていてメッチャ楽しいスージー。 ギリシャに完全座礁してしまった彼女、クリスマスが近づきイギリスに帰りたがっていたがチケットが買えないでいる。 彼女にチケットをプレゼントし一緒に飛ぼうーーー逃飛行は女の子と一緒に楽しく跳ぶべきだと思う俺だから。
スージーは俺の話に乗った。 乗ったついでに、彼女は田舎のクリスマスに俺を招待した。
もちろんスージーは俺がイギリスに飛ぼうとしている本当の理由を知らないし、俺が関わっていたビジネスについても一切何も知らない。 彼女を絶対に巻き込みたくないので、一緒に飛ぶにはそれが絶対条件になる。 例え俺が出国でトラブってもスージーが何も知らなければ、彼女は俺に騙され利用されたことですむ。
新品まっさらのパスポート、当然のようにギリシャ出国はノープロブレム。
さて最後に残るのは、鬼門のイギリス入国・・・とにかく入国審査が非常に厳しいことでは有名だ。 俺は入国審査での質問に対する模範回答を暗記し、演技の小道具には細かい細工まで施し用意周到にして準備万端。 まあ、とにかく役者 “kamikaze” の演技力に頼ればどうにでもなるだろう。
それでも鬼門のイギリス入国、期待は裏切らない。
場慣れした態度に笑顔、真新しい再発行パスポートに余りにもスムーズな英会話、俺の前にいた日本人カップルとの大きすぎるギャップ。 入国審査官が俺に違和感を持ち、根掘り葉掘りの質問をぶつけ様子を探ってきたが、そこは細工を施した小道具と軽い演技で無難にかわす。
そして当然のようにアクシデント勃発。
スージーが入国審査に手間取っている俺を助けようと、カウンターにやって来て審査官に話しかけた。 マズイ! 俺が審査官に並べた嘘八百とは違うことを言い始めた・・・審査官は完全に渋い顔だ。 だがここで役者 “kamikaze” にスイッチが入った。
スージーには分からないように審査官にウインク、そして可愛い女の子が隣に座ったなら彼女を退屈させないように嘘八百を並べるのが男としてのマナーだと、彼女には聞こえない小声で弁解しスージーの話をウソにしてしまう。 イギリスの入国審査官はこの弁解に、なぜか至極納得。 そして彼はメッチャ渋い顔をしながら真新しいパスポートに入国スタンプを押した。 パスポートを返しながら彼は、このビザでは学校に行けないし働けないし結婚も絶対に出来ないと付け加え、俺に軽くウインクをし笑っていたーーー彼はイタリア系イギリス人だったのか?
やはり逃飛行は女の子と楽しく跳んでこその、冒険旅行!