地下鉄ピレウス駅

 相変わらずのバカッ晴れはギリシャ、ピレウス港の朝の空。 全員がポケットをひっくり返すが全部を集めてもコインが少しだけ。 冷蔵庫を開ければ食べる物はあるが夜のカフェに行く金がないーーーこれはギリシャ人にとって歯痛以上の緊急事態。 このアパートに居候している俺が動いてこその一宿一飯の仁義というものだ。 ということで仁義のために俺はアテネまでバスキングに行くことになった。

 港ピレウスからアテネの旧市街までは地上を走る地下鉄で二十分ほど。 居候しているアパートからは一時間もあれば仕事が始められる距離だが、怠惰な居候生活からの久しぶりのバスキング。 朝のヨットハーバーを横目で眺めながらグダグダと地下鉄ピレウス駅に向かえば仁義の気概もギリシャの青い空に溶かされ、久々のアテネ旧市街は実家への里帰り気分にもなる。

 終着駅というのか、始発駅になるのか地下鉄ピレウス地上駅。 ホームに到着した電車は、先ずは片側のドアを開け乗客を降ろす、それからもう片方のドアが開き人が乗り込む。 ギリシャにしては意外と合理的なシステムとも思えるが、ギリシャ人にとっては多少不可解な・・・、両側のドアを同時に開けるのがより合理的と考えるギリシャ人が多いと思う俺だが。 そして開いたドアのどちらから 降りようかと迷うのもギリシャ人。

 定刻かどうかは分からないがアテネからの電車がホームに入ってきた。 とりあえず地下鉄が動いていることに安心する。 

 ドアの前に立つ。 電車の向こう側のドアが開き乗客が降りていく。 その乗客に混じってどこか見覚えのある男の姿。 向こう側のホームに降りた男は俺の視線を感じたのかこちらを向く。 

 「わっ! ボンボンだ」

 ボンボン! ウイスキーボンボンの姿をピレウス駅に見つけた驚きで、俺は叫んだ。 それと同時にウイスキーボンボンも叫んだ・・・たぶん、”わっ! バカトコマだ” と叫んだと思うのだが。

 こちら側のドアが開き、俺は車内を素通りし向こう側のホームに出る。 お互いに驚きの再会に唖然茫然、茫然自失で言葉が出ない。

 まあ落ち着こうぜ、彼とはアテネで知り合い一緒に数年遊び、数年後にニューヨークで再会し週末には決まって彼のブルックリンのアパートに遊びに行っていた。 それから何年経ったのか・・・、確か、俺がニューヨークを出てから五年は過ぎているはずだ。

 「今度、結婚したんで・・・」

 ボンボンの横には俺が初めてみる女性が立っていた。 ニューヨークの時とは違う女性だが、詳しくは聞かない。

 「メッチャおめでとう!」

 「ということで、ハネムーンにギリシャに来た。 で、島へと」

 「どの島に?」

 「彼女は初めてのギリシャなんで、サントリーニだろう」

 「ハネムーンにサントリーニ、最高だ!」

 「トコマは?」

 「ピレウスでギリシャ人の女の子のアパートに居候しているけど、誰も金がなくて俺がアテネまでバスキングに行くところだ」

 「相変わらずの・・・」

 俺のことをバカトコマと呼ぶウイスキーボンボンは新婚旅行のフェリーの時間が迫り、俺は世話になる女の子の緊急事態を回避するためにアテネに出稼ぎに行かねばと。 ボンボンと再び会うことは無いかもしれないが、あっさりと別れる。 まあこれが旅行者の常、歩き続けることで旧友の結婚祝いに、”おめでとう!” と言うために繋がった一瞬の接点なのだろう。

 当然のように色々なことが変わっていくのだろうが、変わらない俺。 もしかしたら俺は遠回りしているのだろうか。 だが俺が思うのは、俺は自分の目の前にある道を歩いているだけ、そしてたぶんこの道にはゴールなんてものはないのだろう。 でもこの道はきっと何処かに繋がっているだろう・・・ニューヨーク、ブルックリンからも続いているように。

 

 

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