ソクラテスに会えるかも

 アテネ、アクロポリス下のプラカ旧市街。 通りには朝の爽やかな風が残り、まだ観光客が姿を見せない朝の八時。 土産物屋が開店準備を始めたストリートは昼間の気怠さ、夜の喧騒とは違う姿を見せる。 土産物屋に挟まれた昔ながらの雑貨屋が八百屋が、ジュエリーショップの隣の肉屋が、向こうの角を曲がった先のパン屋が旧市街の路地に住む人々のために絶賛商売中。

 そんな旧市街プラカの朝を楽しみながら私は土産物屋が並ぶメインストリートから傍に入った路地、日本人旅行者向けの無料宿に向かう。

 そこは旧市街らしい古くて小さな一軒家、そして私がギリシャで初めて借りた棲家。 この家を借りていた日本人がイミグレーションの急襲を受け国外追放、数ヶ月間のホテル住まいをしていた私がそのまま借りることとなった家。 パティオを囲んで二部屋、外キッチンにトイレと水シャワー、そして屋上テラスという昔ながらのギリシャ風。 私が住宅街の近代的なアパートに引っ越すにあたり、解約するのはもったいないと友人と二人で家賃を折半し維持することになった家。

 とにかく立地は最高。 見上げればアクロポリスの城壁に横を向けば、そこには遺跡。 隣接する地下鉄モナステラキから港ピレウスまでは三十分、地下鉄駅から伸びるアテナイストリートにはローカル商店街に中央市場。 そして大量の土産物屋にレストランにバー、路地を入れば昔ながらの家が並び昼でも夜でも世界中から観光客が集まる、そんなプラカ地区。

 そんな家だから日本人旅行者に安宿の代わりとして無料開放していた。 家賃は払うが、管理は滞在者任せ。 挨拶がわりに、朝はとりあえず顔を出す・・・というか、遊びに行く毎日。 

 「トコマさん、今日の昼過ぎにアテネ大学から人が来て、屋上の調査をするとか・・・、そんな話を聞いたんですけど」

 「ああ考古学の調査だよ。 屋上の積み石に古代ギリシャ文字が彫られているとかで、時々学生が見にくるよ」

 「マジですか!」

 「屋上に登ったら、文字を刻んだ石があるよ」

 アクロポリスの崖を見上げるプラカ旧市街。 とにかく地面を掘れば、そこには遺跡。 民家の隣には崩れた遺跡。 その辺りに転がる大きな石はパルテノンから転げ落ちた神殿の欠片。 そんな土地で家を作ろうと近くに転がる手頃な石を集めれば、それが遺跡の片割れなのは当然至極。 家の基礎になって埋められたり、積まれた壁に漆喰を塗ってしまえば誰にも分からないというのがプラカの古い家。

 「いつも何人かの可愛い女子大生が来るから、デートに誘ってみたら?」

 「でもマジにアテネ大学の学生でしょ、どこにデートに誘ったら・・・」

 「ここから三十分ほどの所にソクラテスが入っていた牢屋跡があるから、そこでも案内してもらったら」

 「ソクラテス? それ誰ですか、トコマさん」

 「だから案内してもらって、話を聞いて感激しろ。 そしてお礼にと、ディナーに誘えば・・・」

 ソクラテス、プラトンが歩いていたもっと大昔、数千年以上前から人が住んでいたパルテノン下。 きっとソクラテスの弟子も路地で可愛い女の子に声をかけ、時には哲学話で気をひこうとしていただろう旧市街プラカ。 そんなプラカでギリシャ人を眺めて暮らしていると、数千年前から人間はあまり変わっていないような気がする。 何気なく振り返った時、そこにソクラテスが立っているような・・・

 

 

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