居候していたドイツ人の女の子のアパートから追い出されたのは、シュトゥットガルト。 原因はちょっとした行き違いだが、とにかく追い出された。 追い出された以上、彼女のアパートには戻れないし冬のドイツは寒い。 面倒臭いのでギリシャに帰ることにした・・・という訳で駅に向かう。
「ギリシャ、アテネまで寝台を」
「戦争が始まったので、ギリシャ行きは運休です」
「えっ、戦争が?」
「知らないんですか、ユーゴスラビアで戦争が始まったのを」
驚いた、メッチャ驚いた。 俺がバスや電車、バイクで何度も通り抜けていたユーゴスラビアで揉めているのは知っていたが、まさか戦争になっていたとは。 そして俺は意地でもギリシャに帰ることを心に決め、駅近くの小さなトラベルオフィスに飛び込んだ。
「ギリシャに行きたいんですけど」
「飛行機かバスになりますが」
「バスがあるんですか?」
「ギリシャのバスがハンガリー、ルーマニア、ブルガリア経由で走ってます。 出発時刻は決まっていますが、到着時刻はルートの情勢次第ということで未定です。 何処かの国境で足止めされる可能性もあります」
俺は即決した。
翌日の朝、俺はドライバーが懐かしのギリシャ語を話すバスに乗った。 乗客は俺と少しばかりのギリシャ人。 普通はリスクの少ないイタリアからフェリー、もしくは飛行機を選ぶのだろう。 しかし戦争だからこそ出稼ぎギリシャ人のために最短ルートを激安運賃で、今日も自国までバスを走らせるギリシャ人。
ギリシャのバスはドイツからオーストリーを抜けハンガリーへと。 国境通過は車内でオフィサーの軽いパスポートチェック、そしてバスから降りることもなくドライバーにパスポートと通過ビザの料金を渡せば終わり。 ソビエト崩壊前では信じられないほどに簡素化されている国境線、これが今のヨーロッパだと思っていたが。
ルーマニア、そしてブルガリアと夜の闇をバスは走る。 見えるものといえばバスのヘッドライトに浮かぶ、すれ違う戦車。 そう、バスが走るのはユーゴスラビアとの国境線沿い、百キロほど向こうの闇の中では戦争が始まっている。 それは漆黒の闇、恐怖と悲しみを厚く塗り重ね深く沈んだアビスの漆黒。 だからギリシャ人のバスは走る、ギリシャへと。
夜明け前、まだ空が明るくなる前にギリシャに入った。
そして空気が変わった。
新しい場所を探そうと地球をひと回り、そして再びのギリシャは一年ぶり。 そこには同じように戦車が闇夜に並ぶが、殺気がない。 並んでいる戦車が本当に動くのかと思わず疑ってしまうような、いつものギリシャ・・・それはギリシャに帰って来たという実感、安定の能天気。
でも隣の国では、確かに戦争が始まっている。