「そっちの金を見せてくれないか?」
「いいけど」
三人のアラブ人、そして彼らの後ろには少し離れて二台の車が月明かりの下に。 一台は古い大衆車だがもう一台は黒塗りピカピカのメルセデスのSクラス。 メルセデスの後部座席はもちろんスモークガラスで取引する本人は車から降りてはこない。 話では、中東アラブの大使館関係者だとか。
こちらは俺とダチの日本人二人。 アラブ人は、アメリカ人は誰でもハンバーガーを食べるぐらいに日本人は誰でも空手を使うと信じているせいか、少し腰が引けた感じで俺の持つレジ袋の中を覗き込む。 レジ袋に入れられた大量のユーゴスラビア・ディナールを見ると男は黒塗りのメルセデスに向かい、後部座席と少し開いた窓越しに話をし戻ってきた。
メルセデスの男が紙幣を確認したいというので、俺はレジ袋から輪ゴムで束ねた紙幣のいくつかを男に渡した。 男はその金を持って、再び黒塗りのメルセデスへと向かった。
ユーゴスラビア・ディナールの小額紙幣で一万ドルと少し。 クリスマスイブまでの三日間に俺とダチの二人がベオグラードの路上で稼いだ金だが、銀行で両替すると額面の半額以下に叩かれるのは経済学の常識。 そして路上には路上の常識、アラブ人が俺達に両替の話を持ってきた。
向こうの言い値は公式レートの八割、俺達が調べた路上のレートは九割を少し割る程度だった。 しかし路上で一万ドルを用意できる相手をすぐに見つけるのは不可能に近い。 常識的に複数の仲介者が噛んでいると思えば、時間のない俺達にとって決して悪い話ではない。
まあ十万ドルとかの話になると、それなりにリスクは伴うだろう。 だが一万ドル程度なら血を見た場合のトラブル処理にかかる金と時間を考えるなら、数字に強いアラブ人との取引は理にかなう。 しかも彼らはメンツを潰されなければ極めて義理堅い人間なので、安全パイと思って大丈夫だろう。
男が戻ってきて、持って行った金を返した。
「彼が、OKと言っている」
「で、どうする?」
男はレジ袋の総額とレートを再確認し、再び黒塗りのメルセデスのもとへと。
戻ってきた男の手には、ドル札が。
そのドル札とレジ袋を交換する。
「少し待っててくれないか?」
「OK」
男は二人の仲間と俺達を残し、黒塗りのメルセデスへと向かった。
おそらく黒塗りのメルセデスの男が金額を確かめているのだろう。 数分後、黒塗りのメルセデスの横に立っていた男が親指を立てた。 残っていた二人のアラブ人が笑顔で俺達に別れの言い、手を振りながら車に戻っていった。
ベオグラードの郊外、人気のない原っぱの向こうへと走り去る二台の車に俺とダチは叫んだ。
「メリークリスマス!」
メチャクチャに冒険心をくすぐられ、メチャクチャに懐が温かくなったクリスマスイブのベオブラードの路上だった。