クソ暑いイメージのアテネだがそれは正しい。 真夏の昼間は40度を超えることも珍しくないが砂漠に近い気候なので朝はとても爽やかだ。 今日の朝もいつものように快晴のバカッ晴れ。 俺は最高の気分に促されアテナイ通の中央市場の買い物からパルテノン神殿の足元、モナステラキへとバイクを走らせる。 旧市街のモナステラキの一歩通行を逆走しもう少しというところで一方通行の入口にパトカーが停まっているのが見えた。 俺のサイドカー付きのバイクの逆走で入って来れないようだ。
マズイ! だがこうゆう場合は一方通行の逆走など極々小さな問題と堂々と走り抜けるのが最善の策、それがギリシャの常識。 その常識に従い俺はパトカーに待たせて悪かったとでも言うように軽く挨拶をし堂々とすれ違う。 そしてパトカーは何事も無かったように俺の挨拶を無視し、一方通行の標識を横目に走り去る。
そう誰しも面倒事は面倒くさい。 ポリスも俺もそれは同じ、お互いに面倒事を避けただけのこと。 バイクにヘルメットの必要のないギリシャ、顔は明らかに東洋系の外国人ーーーポリスにしてみればギリシャ語以外の訳の分からぬ言葉に付き合うのは面倒事でしかない。
俺にしてもパトカーに敬意を表して逃げれば、気まぐれで彼らが追いかけて来るかもーーーサイドカーを付けたバイクは重く車幅もあり逃げるのが大変だ。 いくら暇な俺でも爽やかな朝に余計な面倒事はご遠慮願いたい。
ただでさえ色々と面倒事の多い世の中、お互いに理性と寛容で面倒事を減らすのが全人類の共通認識となる日が来ることを願うのだが・・・まあ叩けば色々な埃が舞い立つ俺としては切実な思いでもある。 例えば俺はドライバーズライセンスを持っていない。 とりあえず持とうと思えばエジプトで作ることも可能だったが・・・、話に聞けば、申請書の幾つかのの質問項目にチャックを入れ名前を書けばOKということだったが申請窓口に辿り着くまでがメチャクチャ大変ということで諦めた。 ちなみにギリシャ、ユーゴスラビア、イタリア、オーストリア、スイス、ドイツ、オランダを車やバイクで走ったが、交通違反の罰金を払ったことはあるがライセンスの提示を求められたことは国境通過時でさえ一度もない。
そんなギリシャでも時にはアクシデントも起きる。 例えばギリシャの真夏の灼熱、あるいは冬の寒さを嫌って俺がベドウィンのようにターバンで頭と顔を覆ってサングラス、そんな姿で走っていると検問中のポリスに時には止められる。
もちろん俺は顔を覆ったターバンを静かに解いて顔を晒す・・・俺を止めたポリスに対する当然の礼儀である。
そしてポリスは俺の顔を見て驚く・・・あっ、マズイ!
面倒事を面倒事として生真面目に処理しようとするほど人生に暇をしていない俺とポリス。 面倒事の匂いを感じ取った瞬間、二人とも速攻全力で回避策に頭を巡らせる。
ポリスは官憲としての権威を保ちながら静かに俺が口を開くのを待つ。
俺は英語で軽く挨拶し、そして静かに赤地に金色で “JAPAN” と書かれたパスポートをポリスに差し出し、何の問題も無いはずとだとあらぬ方向に視線を向け落ち着き払う。 俺名義のバイクの登録証を持ってはいるが税金などが未払いなので見せない。
パスポートを渡されたポリスはビザをチェックする訳でもなくまったく関係のないページを眺め、そして静かに頷く。 彼は全てをチェックし何も問題のないことを確認したかのようにパスポートを俺に返し、” 行ってよし” と軽く手で指示する。
俺はギリシャ語で軽く挨拶し静かに走り去る。
外国人との面倒事をひと言も発せずに官憲としての権威を保ち迅速、且つ完璧に処理出来たことに大満足のポリス。 俺は俺で面倒事がマジの面倒事とはならず、心穏やか。 これで世界は平和、今日も面倒事が少ない安らかな一日が過ごせそうだ。 さすがはソクラテス、プラトンにアリストテレスを育て、五千年以上の時間によって積み重ねられた叡智を受け継ぐギリシャのポリス、その偉大な叡智に日々の生活で触れる俺。 この二人の阿吽の呼吸によってそれぞれが直面した面倒事を無事に回避という日の当たる場所での人生の正しい過ごし方の話でした。